黙っていれば永遠に天才
ちびまるフォイ
お店の秘伝のタレ化する才能
「お前が望む以上の才能と資産をやろう」
「本当か!? で、でも悪魔の言うことだから……。
どうせあとで命を差し出せとかいうんだろう」
「いいや、その代わりに制限がある」
「ほらやっぱり!」
「お前が得たすべてを誰かに伝えてはならない。
黙っているだけでいい。それだけだ」
「え? それだけ? バラさなければいいの?」
「そうだ」
「乗った!!」
契約成立により男には使い切れないほどの財産と才能が贈られた。
これまでに思いつきもしなかったアイデアが湧いてくる。
「これが才能ってやつか! すごすぎる!!」
男はこれまで悪戦苦闘して書いていた小説を払い落とし、
今すぐ思いつくままに筆を走らせた小説を応募した。
どこにも引っかからなかった選考もたった一度で突破。
大きく差を開けて優秀賞を勝ち取ったのは男の作品だった。
けれど、そこに掲載されているのは「無記名」だった。
「あれ俺のなんだけどなぁ……」
自分の才能であることを明かせば才能は失われる。
そのために謎の男として提出しなければならなかった。
「せっかく受賞したし、なにか美味しいものでも食べてこよう……」
自分だけが自分の才能だと知っている。
誰もが認めている才能なのに、男のものだとは誰も知らない。
男はちょっと豪華な小料理店に行って、会計で目を疑った。
「なんだこの貯金額……」
財産を手に入れられるとは聞いていたが予想以上。
国家財産を寄せ集めてもここまで到達することはない。
一生遊んで暮らせるどころか、三生遊んで暮らしてもまだ使い切れないだろう。
「そうだ! どこかみんなで世界旅行……って無理か」
誰かと旅行に行けば自分の秘密がバレてしまうだろう。
自分ひとりだけでクルーズ旅行をしれっと行くくらいしかできない。
「それも無理だよなぁ……会社休んだら理由聞かれるだろうし……」
もはや働く必要もないのに会社へと向かった。
「今まで通りではない自分」を気づかれないために日常を壊すことはできなかった。
「社員のみんな! 社長からのお達しで、新事業をはじめるぞ!」
部長から熱の入ったプレゼンを聞かされる。
これまでなら「はあ」と生返事で済むところだが、
なまじ頭がよくなってしまったせいで粗さが気になってしまう。
けれどそれを指摘してしまえば自分の才能に感づかれてしまう。
(無能のふりって……こんなにも辛いのか……)
明らかに道を間違えているカーナビに従うようなやるせなさ。
ありとあらゆるものに満たされているはずの男なのに、
常に自分が優れていることを認めてほしいという渇望だけがあった。
その気持ちは日に日に大きくなっていき、ついに臨界点を超えた。
「なんで俺がこんなに自分を抑えて生活しなくちゃいけないんだ!
自分を優れていることを認めてもらって何が悪い!
今はこの富と才能が俺のものなんだ!!」
契約なんてもうどうでもよくなっていた。
自暴自棄になった男は出どころを隠しつつ自分の才能だと言い始めた。
最初こそ周囲は「あの才能ある人がお前のはずがない」と受け入れなかったものの
その場で提供するあらゆる状況証拠で信用するしかなくなった。
「こ、この立派な筆致……! まさしくあなたです!!」
「世界記録をいとも簡単に……あなたがあの人だったんだ!」
「これをキャッシュで払うなんて! あなた本物だったのね!」
「はははは!! 当然! 俺にはなんでもあるんだよ!!」
悪魔から与えられたあれこれを自分のものだと明かしてしまった。
悪魔由来でなければギリギリセーフだろうというのが男の理屈だった。
バラした直後は悪魔にどんなペナルティを与えられるか不安だったが
悪魔がいつまでも現れないと男の警戒心はどんどん緩んでいく。
「わっはっは! もっと酒もってこーーい!」
男はナイトプールに美女をはべらせながら浸かっていた。
プールサイドにはフルーツも盛り合わせが並べられている。
「見ろよ。このフォロワー数。世界トップだ。
俺が何がコメントするだけで世界のトレンドだぜ?」
「「「すごいわご主人さま!」」」
「もう世界のトレンドを動かしているのは俺で間違いないな! はっはっは!!」
こんなに好き勝手していても男の才能が枯れることない。
歌を作ればミリオンヒットするし、本を出せば書店から消える。
イケイケの上り調子になった男は今日も手慣れた様子で名曲をかきあげて提出した。
「今度の曲のコンセプトは怖かっこいいにしていて、
ミステリアスな感じを全面に出してみたんだけど~~どう?」
「いやもうホント先生の作品はすばらしいですよ。
なにをどうすればその域までたどり着けるのは拝聴したいくらいです」
「だろ。だろだろ」
「で、そこでひとつ相談なんですが……。
今度からこの新曲、先生の名前を伏せることはできませんか?」
「はぁ!? なんで!? 俺の作品だと言わなきゃ、俺の才能が認められないだろ!!」
「ええそうなんですが……先生の人気と反比例してアンチも増えているんですよ……」
「そんなの放っておけばいいだろう。
あんなのは何をしても文句をつけるだけの暇な奴らさ」
「そうですけど、アンチにより変な噂たてられたくないんですよ。
先生の名前を伏せてアンチに目をつけられるより
シンプルに曲を出して曲の良さで売れたほうがいいんです」
「ぐ……」
「先生も、ご自身の才能を疑ってはいないでしょう?」
「当然だ! 売れるに決まってるだろ!
俺のネームバリューなんかに頼る必要なくったってな!」
リリースされた新曲は男の予想通りに大ヒット。
社会現象とまでなったが、けして男の名前が出ることはなかった。
「くそ……俺の才能なのに……」
男の才能が認められるほどに敵を作ってしまう。
富を振りかざせばますます敵が増えてしまう。
そうなると、どんどん自分の名前はふせられていった。
「今回は先生の名前を伏せさせてもらっていいでしょうか?」
「なんとか先生のお顔を隠すことはできないでしょうか」
「先生、バーチャルモデルでのご出演にしませんか?」
「どいつもこいつもなんだよ!!
そんなに俺であることを隠したいのか!!!」
どんなに優れた刀でも「自身の生命力を奪う妖刀」などと言われれば、
誰だって使うことをためらってしまう。
男の人気に紐付いた「敵」は、どんどん男の才能を日陰へと追いやった。
「くそ! 才能を得ても認められないんじゃ意味ない!
結局もともとの才能がない俺と同じじゃないか!!」
牛乳の早のみしか才能がないような凡人の自分と同然の立場になってしまった。
男は我慢できなくなり、これまでふせられていた自分の名前を出した。
「あの曲は俺が書いたんだ!! 俺には才能があるんだーー!!」
それを明かした瞬間に、波が引くようにブームは去った。
男だと知らずに曲を評価していたアンチはすぐに手を引き、
名前を隠す約束を破られた人たちも男を信用しなくなった。
「ほら新曲だぞ。俺が書いた名曲だ。
これを出せば間違いなく売れるんだ」
「いえ……もう先生の曲は受け取れません」
「なんでだよ。お前だって俺の才能は認めてるだろ?
今度はちゃんと自分が製作者だってことも隠すよ」
「そんなの信用できるはずないでしょ!?
もう帰ってください! あなたに関わって敵を作りたくない!」
「な、なんだよ……」
あれほど引っ張りだこだった男はいまや臭いものとして扱われる。
自分の持っている才能を自分だと言っただけなのに。
今となってはもはやその才能を発揮する場所すら与えられなくなった。
「なんでこんな目に……」
家でひたすらに作品を書き溜めるだけの生活。
自分で見ても名作だと思っているのに認められる場はない。
死後に作品を評価される画家にでもなったような気分。
男の場合は死後にもアンチにより評価を台無しにされるだろう。
高い自己評価と、他人から求められない板挟みに男は苦しんだ。
そして、かつての悪魔が自分の前に現れた。
「お前も我をまた呼び出すとはな。
才能も財産も事欠くものではないだろう?」
「もうこんなものいらない!」
「なぜだ?」
「お金があっても使えば文句言われるし、
才能を発揮しようにも発揮する場所はない!
これなら最初からなにもないほうがよかった!!」
才能があるのに認められないのなら、
最初から才能がなければその辛さを感じることもない。
「お願いだ! もう俺から富も才能も持っていてくれ!
俺はもとの、誰も俺を目の敵にしない生活に戻りたいんだ!」
「いいだろう。ならばもらっていこう」
悪魔は男から財産と才能をすべて回収した。
そして、また次なる人の元へと向かった。
「ああ、お願いです。神様悪魔様。
ひらがなの「ぬ」をキレイに書くしか才能のない私めに
お金と才能をください!」
「我を呼んだようだな」
「あ、あなたは……悪魔!?」
「いかにも。貴様の望んでいる以上の富と才能をやろう。
ただし、誰にも自分の才能だと口外することはならん」
「もし言ったら……?」
「のちのち、我が才能と財産を回収することになる」
「黙っていればいいだけなんですよね?
それくらいなら全然大丈夫です」
女はこくこくとうなづいた。
「ちなみに、もし契約を結んだら私はどんな才能が手に入るんですか?」
「たとえば、ベストセラー作家の文才。
売れっ子作曲家の才能に、オリンピック選手の運動神経」
「す、すごい……!!」
悪魔は最後に追加された才能を付け加えた。
「あと、牛乳を恐ろしく飲む才能も手に入る」
やがて約束を破った女からは才能が回収され、またひとつ才能が溜まっていった。
黙っていれば永遠に天才 ちびまるフォイ @firestorage
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