ナルカミ

ひよこ大納言

第一章 涙雨の村と滅びの瞳

第一章1 『無翼のオラシオン①』


 その日は、よく晴れた日だった。


 その村は、怖いくらいにいつも通りだった。誰もが、日常の中に生きていた。だから、突如現れたその非日常に、人々は気付くことができなかった。


 人々を見下ろす、大きな瞳に―――。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「なぁ!なぁって!おい、聞いてんのか!あんただよ"白雪姫"!」


「……」


「おいアルカ!うるせぇってんだよ!」

「うはははは!ずっと無視されてんじゃねえか!こりゃ酒がうめぇ!」

「いいぞ!もっとやれガキ!俺ァ"白雪姫"の声聞いてみてぇんだ!」


「お前ぇらは黙ってろおっさん!」


 アルカは目の前のテーブルに座っている"白雪姫"と呼ばれている女に話しかける。

 話しかけると言うより、叫んでいると表現したほうが適切ではある。だが"白雪姫"のせいでこうなったのだとアルカは自己正当化。


 アルカは"白雪姫"に何回も話しかけている。何回もだ。それこそ10分くらいずっと一人で"白雪姫"に向かって語っているのだが、見向きもされない。それどころか、周りの冒険者達が疲れを忘れようと豪快に酒を飲む中、持参した茶葉を使って優雅に紅茶を淹れる始末。


 そんなアルカを見て周りの冒険者が楽しそうに笑う。別に笑い者になる為に話しかけてんじゃねえ、とアルカは内心で愚痴を吐露する。


「……」


 もしかして耳栓でもしてるんじゃないか、と思うほどに無反応な白雪姫。アルカに対しての無関心を貫いている。

 確かに"白雪姫"は滅多に口を開かないが、全く開かないと言うわけではない。


 一度だけ、たった一度だけ、アルカがこの街に来たばかりの時、この"白雪姫"に話しかけられた事がある。その後は全くないのだが。そもそもこの街に来て半年、アルカはギルド以外ではその姿を見かけたことすらない。


 フィルクローディア王国フェアリス州州都テスイア。

 この地を束ねるフェアリス公爵の屋敷を中心とした、大きな円形城郭都市。

 そんな都市の中の、宿屋、食事処、雑貨屋などが立ち並ぶ、言わば商業区画とも言うべき場所の一画で一際大きな建物、冒険者ギルド。アルカはその二階にいる。


 ギルドや市民から依頼を受領し、遂行する。それによって日銭を稼ぐ職業、冒険者。

 一般人からの依頼としては、職人からは素材の調達、商人からは護衛、市民からは探し物から掃除、急に人手が足りなくなった店の手伝いなど。


 冒険者じゃなくて"何でも屋"って名乗ればいいのに。正直アルカはこんなふうに思ったりもする。

 冒険者とは元々、色々な場所を冒険していた者達。その冒険の途中にモンスターが現れる為に討伐せざるを得ず、必然的に力をつけたに過ぎない。


 そんな彼らが、訪れる街や村で困っている人を助け始め、また冒険の資金を現地で調達しようとしたのが今の冒険者ギルドの始まり。


 確かに、ギルドからの依頼は殆どがモンスターの討伐で、金の入りも一番良く、冒険者の多くはモンスターの討伐を第一に考えている。

 だから冒険者と名乗るのも分かるのだが、それにしてもあまりに何でも屋過ぎやしないだろうか。


 人間がモンスターと呼ぶその生命体には、他の生物とは明らかに異なる部分がある。モンスターには必ず核と呼ばれる赤い石のような物があり、共通して人間を襲う。それどころか村や街、さらには国を滅ぼしたモンスターなんてものも存在する。そんな凶暴なモンスターを間引き、モンスターが過剰に増加するのを防ぐのも冒険者の仕事だ。


 そんな冒険者が数多集い、依頼の委託に数多くの市民が訪れる場所。世界政府の管理下に置かれる組織、冒険者ギルド。


 その冒険者ギルド、テスイア支部の半分、いやそれ以上。この大きな冒険者ギルド建物内の半分以上を占めるのは、疲れた冒険者に酒やつまみを提供する酒場。


 冒険者にとっては日々の情報交換から愚痴の言い合い、腕相撲での力勝負などを行う憩いの場。

 他の酒場に行くと言う手もあるが、顔を見知った相手が多く、他の冒険者友好関係を結ぶ機会にもなるこの酒場で飲まない理由がない。


 戦いで死線を潜った冒険者達の、束の間の楽しみ。それが食事だ。いつ死ぬかも分からぬ身で貯金をする程冒険者の心に余裕は無いし、愚かではない。


 新人は貯金をしようと意気込むものだが、先輩冒険者からの誘惑もあり長くは続かない。だから冒険者達はみな稼いだお金はその日に使い切るのが殆どだ。

 特に疲れて帰って来た夜には、多くの冒険者がその金を食事に使う。


 ギルドにとってはいいカモだろう。何せ、自分たちが冒険者に支払った金が自分たちの懐に再び戻って来るのだ。


 出される酒や食材も冒険者達が採取したり移送したり狩猟した物だったりもする。世の中金のあるところに金が集まる様にできているらしい。


 だがかく云うアルカは、あまりこの酒場にいる事はない。そもそも酒は余り好きではないし、仕事が終わっても帰って鍛錬をする。酒場で騒ぐぐらいなら鍛えて強くなった方がいいとはアルカの考えだ。


 それにCランク冒険者のアルカ程度では、一日の稼ぎの殆どが宿代で消えてしまう。スラムにいた経験から、金の大切さは身に染みて分かっている。金はいくらあっても困ることはない。多過ぎるくらいが丁度いいのだ。


 一刻も早く強くなり、稼ぎを増やす。まずはBランク冒険者に昇格するのにふさわしい実力を得る事が最優先。


 そんなBランク冒険者の一人、"白雪姫"。

 真っ白、光の当たり加減では銀色とも言える長く美しい髪を二つに束ね、束ねた根本には蝶の様な形をした黒と赤の髪飾りが付いている。


 顔には常に仮面をつけていて、その素顔は分からない。火傷で爛れてるとか、モンスターに襲われて大きな傷があるとか、アルカが知っているのはそんな根も葉もない噂だけ。


 服装はいつも決まって白と赤の軽いドレス。それに、"白雪姫"の身長ほどもあろうかと言う大きな剣。刀身の根本に大きな白い羽が付いた、白と赤の豪華な剣。

 その見た目と滅多に人と話さない冷たい性格から、"白雪姫"と呼ばれるようになったらしい。


 底辺冒険者と呼ばれ、稼ぎは生活費でほとんどが消えていく。冒険者のほとんどを占めるのがD、Cランク。


 中級冒険者になりやっと冒険者稼業だけでまともな生活が送れるのがB、Aランク。


 上級冒険者。大きな街でもせいぜい十数人程度しかいないと言われているS-、S+ランク。


 そしてS2、S3ランク。このランクまで来ると他と違い一括りにされることはない。そもそも出会う事など滅多にない。世界にたった数百人、いや、もっと少ないかもしれない。S3ランクにまでなると、世界に数十人というレベル。圧倒的な強さを持つ彼らは、一人で軍隊を相手に戦えるとも言われる。


 そんな8つあるランクの内下から三つ目、中級冒険者に過ぎないBランク冒険者に二つ名が付いているのも、その見た目の珍しさ故だ。もっとも、ギルドの公式な二つ名では無いが。


 周りの力を借りずとも、一人で冒険者を続けている"白雪姫"に、アルカは少し興味を持った。それに最近ではもうすぐAランクに昇格するんじゃないかなんて噂もアルカの耳に入っている。未だCランクの実力しかないアルカとは違い、どんどんと先に進んでいく。


 初めは"白雪姫"が嫌いだった。アルカがどれだけ努力しても、実力が中々上がらないと言うのに、"白雪姫"は当たり前の様に昇格し、それを誇るでも周りを見下すでもなく、自分以外には興味が無いと言わんばかりの態度。


 眼中に無いと、そう言われている気分になった。認めたくなかった。自分と同年代くらいの女よりも弱いと云う事実を。だから、先にAランクに昇格し、目に物見せてやると、アルカはそう決意していた。


 だがアルカのすることはほぼ変わらなかった。毎朝毎晩の鍛錬、日中は依頼を受けて日銭を稼ぐ。変わったことといえば、"白雪姫"と出会って少し鍛錬をキツくした程度だろう。出会う前から自分を限界まで追い込むような鍛錬をしていたのだから当然だ。


 だが、"白雪姫"には追いつけそうも無い。アルカは未だCランク並の実力から抜け出せず、自分でも強くなっている感覚が薄かった。


 なぜ努力している自分が強くなれず、高そうな服や剣を持った"白雪姫"がどんどんと強くなっていくのか。


 もはや認めざるを得なかった。きっと"白雪姫"は本当に強い。そこにはなにか秘訣があるはずで、その秘訣を知る事ができれば、強くなれるはず。アルカはそう信じている。


 だから、まずは親交を深めようと話しかけてみたのが10分前。それがこのザマだ。もはや誰が見ても友好的な関係を築こうとしているようには見えない。


 当然、周りのおっさん冒険者に野次られ、肝心の"白雪姫"には無視される。

 アルカはだんだん腹が立ってきた。ふざけんな、と心の中で呟く。


「なぁ!聞こえてんだろ!」


 アルカは"白雪姫"の視界に入ろうと、腰を曲げて自分の顔を"白雪姫"の顔の正面に持ってくる。紅茶の香りが鼻腔をくすぐり、思わず腹の音が鳴る。


 思えば今日、宿屋で朝食を取ってから何も口にしていない。その朝食も硬い石のようなパン一つに、薄味の具無しスープのみ。


 加えて今日は依頼の都合上いつもより遠出しなければならなかった。やはり一日一食じゃ少し厳しいらしい。出来ればもう少し稼いで一日二食くらいにはしたい。


「……あのね」


 そんな腹の音を聞いてか、心の声が伝わったのかは分からないが、"白雪姫"が初めて口を開く。


「あんたに興味がないから無視してるのよ。分からない?強くなりたいなら一人で頑張んなさい。私が教えてあげる道理がないわ。それに私、しつこい男って嫌いなの。そもそも……」


「な……!てめぇが一人でいるから気ぃ遣ってやったってのに!」


 散々アルカをシカトしておきながら淡々と返答するその"白雪姫"の様子からは、清々しいふてぶてしささえ感じる。恐らく"白雪姫"は微塵もアルカに気を使ってなどいない。


 当たり前だ。興味がないと自分で明言しているのだから。

 だからと言って諦めるほどアルカはできた人間じゃない。


 しつこいと言われるだろうか。上等だ。目の前のチャンスを前に早々に諦めるような人間が居るのなら見てみたい。


 強くなれるチャンス。貧民街出身、底辺冒険者のアルカが、力を手にし、名声や金を得て人生を謳歌するチャンスがそこにあるかもしれない。それを諦めるほどアルカは人生を捨てていない。


 因みにアルカの言った、『一人でいるから気を遣って話しかけた』などという発言は全くもって虚言である。

 一人でいるから気を遣うなんて、アルカはそこまでの優しさは持ち合わせていない。


 アルカとて、目の前で子供が殴られていたり、死にそうになってたら助けるはずだ。少なくとも助けようとは思っている。

 アルカはそんな場面に出会したことがないから分からないが、それを見過ごすほど腐ってはいない。


 だがなんと言ってもアルカ自身が一人ぼっちだ。一人の相手に気を遣うはずがない。

 冒険者を始めてからはほとんどソロで活動している。安易に良く知らない人に気を許すべきではないと、アルカはそう学んだ。


 だが、"白雪姫"とはリスクを冒してでも友好的な関係を築くメリットがある、アルカはそう考えた。勿論一筋縄では行かないのは想定済み。


 なんと言ってもこの"白雪姫"と会う事などほとんどない。依頼を受け、完了の報告に来る。ギルドに来るのはそんな短時間のみであり、終わればすぐに帰っていってしまう。


 そんな"白雪姫"が珍しく、本当に珍しく酒場にいて、偶々アルカも酒場にいた。こんな機会もうやってこないかもしれない。この機会に強くなった秘訣を聞く他ないのだ。


「なぁ、まだお互いなんも知らねぇだろ、とりあ―――」


「そこまでだ」


 唐突に響き渡ったその声は、騒がしい酒場の雑音を切り裂き、アルカの言葉を遮った。その声色は怒っているでも酔っ払っているわけでもなかった。それ故に、アルカだけでなく周囲の冒険者も皆、異質なその声の主の方を振り向く。


 酒場の端、階段の近くに堂々とした様子で立っているその男。青が混じった金髪に、髪と同じ青い目。端正な顔立ちからは恐らく両家の出身である事が容易に想像できる。

 シルバーと青の軽い鎧を身に纏い、腰には一本の剣が刺さっている。


「……あ?」


 ―――嘘だろ、なんでこんな奴がここに。


 アルカから漏れ出したのは、威嚇の声ではなく、気の抜けた反応。呆然とした表情でその男を見つめるアルカだったが、その他周囲の冒険者の反応も似た様なものだった。酷く酔っ払っている冒険者を除いて、ほぼ全ての視線をその男は集めている。


 相変わらず"白雪姫"だけは動じずに、呑気に紅茶を飲んでいる。


「少年、君の行動は目に余る。女性には敬意を払って接しなければいけないよ」


 静かになった酒場の中を、椅子とテーブルの間を抜けてアルカの方へ歩いて行く。

 アルカはこの男を知っている。初対面、まずかけるべき言葉は初めましてが正しい関係、しかしアルカはこの男を一方的に知っている。


「"雷剣"ルクス……!」


「偶にはこちらから自己紹介したいんだけどね……。知っていてもらえて光栄だよ、少年。僕はルクス・フォン・ドレイラ」


 その名を聞いた"白雪姫"の肩がぴくりと動く。ルクスは"白雪姫"の背の方にいたため、ルクスの姿を見ていない。だがその名前だけは、知らないはずがない。なぜならば彼は、


「少年、その少女に迷惑を掛けてるんじゃないかい?」


 S3ランク冒険者、"雷剣"ルクス。

 "王国最強の剣士"と呼ばれる男なのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る