この世駅 ― あの世駅
毒の徒華
第1話 電話ボックスの噂
「×××駅の終電に乗るの。4番線、13両目に乗って座る。座ってからずっと目を閉じていると、終着駅の△△△駅に行くはずが、『あの世駅』ってところに行くんだって。絶対に目を一瞬でも開けたらいけないの」
俺がホラー系を苦手なのを知っていて、ニヤニヤしながら
嫌がっている俺に対してやけに楽しそうだ。
大学の講義の空き時間、俺と麻美はオープンスペースで話をしていた。麻美は胸が大きく、前のめりになると机の上に胸が乗ってしまっている。話の内容よりもそっちに気を取られて俺は目を泳がせていた。
「なぁに? 怖いの? ねぇ、やってみない?」
「そんなこと……あるわけないよ。大体、その……『あの世駅』なんて行ってなんか得があるわけ?」
「すっごいメリットがある。その『あの世駅』にある電話ボックスの中に、手帳があって、その手帳には自分の『過去』『現在』『未来』のことが書いてあるんだって」
「へぇ……そ、そうなんだ……」
「未来の結婚相手のことから、この先に起こる災害ことまで、自分の知りたいことがなんでも書いてあるの。私知りたいなー、未来の旦那さんの名前とか、顔とか」
その言葉を聞いて僕はムッとした表情で麻美を見る。
麻美は夢の中にいるようなポヤンとした表情をして自分の未来の旦那を創造してわくわくしているらしい。
――俺がお前のこと好きなの、知ってるくせに……
「それでね、その電話ボックスで電話すると、自分が出るんだって。手帳に書いてある文の最後に、番号が書いてあって、その番号にかけると『過去』『現在』『未来』のどれか一回だけ繋がるって」
麻美は更に前のめりに俺の顔に顔を近づけてくる。シャンプーのいい匂いと、麻美の可愛い顔が近づいてきた俺は心臓が跳ね上がる。
心臓の音が麻美に聞こえてしまうのではないかと、心臓をなるべく鎮めようとするがどう鎮めていいか解らない。
「でもね、自分から先に電話を切ったらいけないの。自分から電話を切ると、自分の未来まで『切れて』しまうって……超怖くない?」
「なら……電話し続けたらいいんだろ? 簡単じゃん」
「そう思うじゃん? そう簡単な話じゃないんだよね」
やけに得意げに話す麻美に対して俺は顔をしかめた。
それでも麻美が可愛くて、怒る気にはならない。
「その電話ボックスに入ったらまず、置いてある蝋燭に火を灯すの。真っ暗だから、そうしないと手帳が読めないんだって。でも短い蝋燭だから、そんなに長い間もたないの。蝋燭が消える前にその電話ボックスを出ないと閉じ込められて、あの世から出られなくなっちゃうんだよ。だからずっと『相手の自分』が電話を切ってくれないと、帰れなくなっちゃう」
「電話は必ずかけないといけないの?」
「かけなくてもいいけど、手帳には断片的なことしか書いてないから電話で詳しく聞かないと解らないみたい」
「ふーん……」
駄目だ。話がリアルになるにつれて俺は尚更ゾッとして落ち着かない気持ちになる。
缶コーヒーを一口飲んで落ち着こうとするが、胸の奥にあるザワザワとした不快感は収まらなかった。
――そもそも、なんで麻美はそんなこと知ってんだよ……死んでるなら話は伝わらないはずだろうが……
そう思いながらも、麻美が楽しそうに話しているので俺はそれに合わせることにした。
もっと違う話がしたいけれど、ここで話題を無理に変えたら鋭い麻美に気取られてしまう。
「じゃあ『未来』だけ読んですぐに出たら?」
「駄目なの。過去から順番に一行ずつ読んでいかないと、手帳から血が溢れだして読めなくなっちゃうらしいよ。そして自分も血まみれになって死ぬの」
「なんだよそれ……手帳の厚さで決まる運ゲーじゃん……」
「手帳の厚さは66ページって決まってるから大丈夫! 1ページに一行だけ書いてあるんだって。それに、手帳を途中で読むのを辞められないの。最後の最後まで読むと『この世駅』行きの切符が挟まってるから、それを使ってこの世に戻ってくるってわけ」
「手帳ごと持って帰ってくるっていうのは?」
「そんなズルいことしたら……どうなっちゃうか解らないよ? こういうのはルールが大切なんだから」
ありとあらゆる提案をことごとく覆され、多少面白くない気持ちになりながらも、麻美は満足したようだった。
タピオカミルクティーをわざとらしく美味しそうに飲んでいる。
「ねぇ、知りたくないの? 自分の将来の、結・婚・相・手」
「……俺は結婚なんか……」
彼女がいたことがない訳じゃないが、俺は冴えない男だ。
顔が特別良い訳でもなく、筋肉がついているわけでもない、かといって痩せているわけでもなく、太っている訳でもない。
流行りの服を着ている訳でもなく、その辺のモブキャラに消える地味な服。
一方麻美は、誰が見ても可愛かった。
伸びた髪をライトブラウンにむらなく染めていて、上部だけ後ろに編み上げ、下の髪はゆるく巻いている。
派手な服を着ている訳でもないのに、その豊満な胸とヒップが女性らしさを際立たせていた。手には薄い桜色のネイルをしており、派手すぎない。
ぽっちゃりとは言わないまでも肉付きの程よい身体だ。
――たまたま入学のときに隣の席だったから仲良くなったけど……絶対俺を相手にするようなタイプじゃないな……
「言い方変えようか? 私と……結婚できるか知りたくない?」
ドキッ
「な、何言ってんだよ! 馬鹿!」
「なーに焦ってんの? ふふふ。でもやってみたいなー? あの世駅行きの電車……」
麻美は物憂げにクルクルとタピオカミルクティーのタピオカをまわしながらつぶやく。
「お前、そんなことして……帰ってこられなくなったらどうするんだよ?」
「心配してくれるの? なら私の代わりに行ってみてきてよ?」
かなり迷ったが、俺は麻美にいいところを見せたいという気持ちが恐怖よりも勝る。
こんなものはただの噂だ。
取るに足らない。
「…………解ったよ」
「本当? ありがとー」
信じてはいなかったが、何もないと言えば麻美もその妙なゴシップ好きも飽きがくるだろう。
俺は相変わらず、胸が机に乗っていることばかりが気がかりだった。
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