【オンライン】10話:不安の始まり、一人じゃないこと




「それじゃ、ボチボチ戻りますかね」

『ゆっくり休憩(憂さ晴らし)出来たしね』

「俺は休憩時間の方が疲れたぞ」

『あっそ、自業自得』

「たく、この口は相駆らわず悪いようで」


 両手でほっぺ摘ままれた。


『痛い痛いっ!』


 軽いノリで樹一と何時もの感覚でじゃれていると、近くにいた小鳥ちゃんから異様な気配が漂ってきた。


「お兄ちゃん♪ 早く行ったら?」


 笑顔で明るい声だと言うのに、その声は冷たく背筋が凍りそうなほどだ。


「わ、わかったから、その顔で俺に近づいてくるなって、怖いから」


 樹一は早歩きで小鳥ちゃんから離れ、玄関の方に逃げていった。


「翡翠ちゃん、貴方はもう女の子なの分かってる?」


 顔を眼前まで近づけられる。

 怖いです。

 笑顔で目が笑ってない顔が、ものすっごい怖いんですけど。


『い、いや。オレは別に女として生きるとは一言も――』


「じゃあ、温泉やプールとか行ったとき、知らない男の人に裸を視姦されても平気なの? 目立つだろう~な。可愛くなっちゃったからね、皆に見られるよ」


『いや、さすがにそれは』

「じゃあ気安く男に肌を触らせないこと、良い?」

『は、はい。以後気を付けるから。じゃ、じゃあオレもそろそろ行かないと』


「逃げた?」

「逃げたね、言い返せないもんね」


 何故かオレの後ろを付いてくる双子と小鳥ちゃん。


 双子の言ってることが会っているいるだけに、何も言い返せないのが悔しい。


 けど、今はそれよりも少しだけ引っかかった事がある。

 オレの意識が戻ってから今まで一人という時間が無かった気がする。


 寝る前とかお風呂とか入っていた記憶は、全部が琥珀。


 オレが起きる時はいつも、いつも琥珀の意識が先にある。


 着替えの時も看護師さんや母さんが、無理やりに着替えさせられていた。


 ――そういえば、一人で居ることが無い? そんな気がする。


 記憶を辿ってみても、オレが一人でいたタイミングが無い気がする。


「大丈夫?」


 ヘッドギアを手渡そうとした葉月さんが、心配そうにオレの顔を覗く。


『え? あぁ、大丈夫だよ葉月さん』


 オレは何か変な事を言ったのだろうか、双子が驚きの表情でオレを見ている。


『えっと? もしかして違った?』

「……ううん、あってるよ?」


 ならばなぜ言葉のニュアンスが疑問詞になるのか、クセみたいなものかな。

 とにかくヘッドギアを受け取って、ゲームを起動する。

 ブンッという機械音と共に、視界が段々に暗くなる。



    ====♦♢♦♢♦====



 さっきまで起きていたのに今まで寝ていた感覚とは、面白いなと思う。

 わら布団の弾力と柔らかいシーツの上で、猫の様に伸びをしてから起き上がる。


 ――あれ? ホームでログアウトするとホームの寝床からスタートするんだ。


 まぁ、部屋の区切りなんてないから、家の中全体が見渡せる。

 見事に何にもないから、殺風景な家だ。


『ねぇ琥珀……じゃなくって、シュネー、まず家の中何を揃えようか?』


 文字を打って話しかけるが、返事が返ってこない。


 ――あれ? 琥珀のヤツどこいった?


『シュネー? どこ?』


 周りを見ても、ベッドや掛け布団をめくっても居ない。


『琥珀? 樹一~?』


 窓の外を見ても誰も居ない。

 自分で何を焦っているのか、理解できない。

 玄関の方に行こうにも、足が急に動かなくなってしまっている。


 さっきまで動いて脚は震えていて、力が入らなくて。

 無理に動かそうとしてコケた。


 別に寒いとは思わないのに、体が冷たくなっていく感覚が襲ってくる。


 ――いま、一人だという事が……、

   一人で何もない部屋に居るというとこが、

   どうしようもなく、恐ろしくて、

   別に、何でもないはずなのに……、


 ――どうしようもなく、怖い。


 意識を保とうとすればするほどに、その思いが募るばかり。


 オレはそれ以上は耐えられなくて、意識を手放した。



   ◇◆◇◆



「ん~、良く寝た気分、面白い感覚だね。って、あれ?」


 キョロキョロと妖精のシッュネーが見回すと、話しかけた人物が見当たらない。


「スノー?」


 シュネーの真下から、くるしそうな息遣いが聞こえて慌てて下を向いた。


「翡翠っ!?」


 ギュッと苦しそうに身を丸め、何かに耐える様な苦痛な表情をしている翡翠に今のままでは何もしてやる事が出来ない。


「翡翠っ! ねぇ、大丈夫だよ、一人じゃないから。ボクがここに居るから」


 強く呼びかけても、苦しそうな表情は変わらない。


「翡翠っ! 翡翠ってば。どっ、どうしよ⁉」


 何度も呼びかけ、顔をペチペチと叩いても反応が薄い。


「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて、ね、翡翠」


 琥珀は内心で焦りつつ、自分の心にも言い聞かせるように言いながらも、翡翠の顔に優しく抱き着いて落ち着かせようと必死になる。


 ピコンっ! ピコンっ!――


「なに、これ?」


 シュネーのメニュー欄が勝手に開いて、緊急のマークが光っている。


 その欄が自動で開いて、緊急処置と書かれたコマンドが勝手に起動する。


「わわ⁉ ほんとになんなのさコレ~!」


 シュネーの体が勝手にスノーの顔にギュッと捕まった。

 お凸とお凸を突き合わせる。


 光に包まれたかと思うと、互いの体が入れ替わる感覚が二人を襲う。


 琥珀は強く閉じていた瞼をそっと開く。

 その目の前には妖精姿のスノーが居た。


「なるほど、コレがあのオジサンの言ってたヤツかな」


 両手で優しくスノーの姿の翡翠を抱いて、ベッドの方へと急ぐ。



    ♦♢♦♢



「わりぃ、遅くなった」

「もう、本当に襲いっ! 何やってたのさ」

「わ、悪い……って、シュネー、か?」

「そうだよ。もう、大変だったんだから」

「翡翠は!」

「大丈夫、もう落ち着いたから」




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