ご主人様から頂く印<しるし>

せいこう

印<しるし>を刻み込む。


 今日も私は鎖に繋がれて街中を歩いている。

 先導する奴隷商人に導かれ、周囲からの好奇な視線、下卑た視線、憐れみの視線、同情する視線。視線、視線、視線…。


 様々な視線に晒さられながら歩いている。

 ここ二、三年で視線には慣れた。


 それでも私は鎖に繋がれた手を見つめながら歩く。慣れはした。


 しかし、人の視線は嫌い。視線だけを寄越し、私には触れようとすらしない。ただ見世物のように見てくる。そんな視線、私はいらない。欲しくもない。


 奴隷なのだから買われてしまえば誰かに触れられるかもしれない。だがその接触は私を商品や道具としての接触でしかない。人としての接触はない。

 そもそも、みすぼらしい格好。肌は様々な汚れで汚く。元々白い髪はくすみボサボサとなっている。

 特に私の白い髪は[忌み子]として嫌われている。それを知ったのは奴隷になり、村の外を出てからだったけど。

 そのため、三年間奴隷であるが1度も買われることもなく、こうして奴隷商人に連れられている。


 ぎゅうと思わず手を握りしめる。そこに他人の温もりはない。あるのは荒れた自分の指先と手のひらの感触だけ。


 かつてあった温もりはもうない――。



 □□□□□



 ほんの三年前までは幸福に包まれていた。

 私の白い髪を気にせずに優しく接してくれる両親、温かく見守ってくれる村人達。

 そんな幸せに溢れた村で私は住んでいた。


 様々な温もりに触れていた時間。

 いつまでも続くと思っていた時間。


 それは儚く崩れ落ちた。


 平和な村を盗賊達が襲った。


 悲鳴や破壊音が鳴り響く。

 斬り殺される音。逃げ惑う人々の悲鳴。下卑た盗賊の卑しい笑い声。


 そんななか、ついに家の扉が乱雑に開かれる音が家中に鳴り響く。


 その時、私は家にいた。

 自分の部屋で力無く縮こまり恐怖に震えていた。

 心の中でお母さんやお父さんの名前を繰り返し叫び続けた。


 なにか話している声が聞こえたかと思うと、なにかが倒れる音と共に母親の悲鳴が聞こえる。その後、またどさりと倒れる音が聞こえる。


 なにが起こっているのか分からない。ただただ自室で震えている。なにもできない。


 自室の扉が開かれる。


 恐る恐る顔を上げると、そこには母親の顔でもなく、父親の顔でもなく。

 下卑た男の盗賊の顔がそこにはあった。


 私は恐怖のあまり叫んだ。


 そんな私の叫びを下卑た笑みを浮かべながら私に近づくと無理やり腕を掴む。


 抵抗しようにも大人の男の手を振り払うこともできず、引きずられるように連れて行かれる。


 玄関付近までくるとそこには、仰向けになりながら赤い鮮血を大量に床を濡らしながらうつ向けに倒れる両親の姿がある。


 まざまざと両親の死を間近で見せつけられた私は一気に体中から水分を絞り取るように嗚咽を漏らしながら泣いた。


 優しく包み込んでくれた両親の体。私の髪を「とても綺麗」と言って撫でてくれた両親の手。いつも優しい言葉をかけてくれた両親の口。


 その両親の体がもう動くことはない。


 泣きながら私の記憶はそこでぷつりと切れた。


 ――――


 地面を走る衝撃で目を覚ますと馬車の荷台の上に私はいた。


 馬車の荷台には私の友人や村で見かけたことのある少女達が泣いたり、絶望した顔をしたり、感情が無くなった顔をしたりしながら座っていた。


 手に違和感を感じ、手元を見ると腕は鎖に繋がれている。


 そこで全てを私は悟った。


 私は奴隷になったんだと。

 その事実を。





 □□□□□





 その後は先程も述べたとおり、こうして様々な街に赴きながら奴隷という商品、道具として人々の視線に晒されている。


 今日も同じように街を鎖に繋がれながら歩く。



 そんな自分自身を自嘲気味にふっと笑いながら視線を辺りに移す。


 正午を過ぎた頃合とあってまだ人並みは多い。


 多くの人々がこちらを見ながらヒソヒソと話をしている。

 たぶん、私たちを嘲笑か憐れみの言葉を呟いているんだろう。

 私たちと自分を比べて優越感や自分とは違うと思ってるのか。


 やっぱり見てもいい気持ちはしない。

 当たり前か…。誰だってこんな視線に晒されていい気持ちのする人なんていない。


 ふと、人の集まりが避けている空間を見つけた。

 気になってそちらに視線を向けると貴族の御令嬢のような人とメイドさんがいるのが見える。


「綺麗な人…。」


 思わず言葉が漏れてしまう。

 黒い艶やかな髪、キリッと少しキツめで綺麗な瞳、端正な顔立ちでとても美人だった。そして黒い豪華なドレスを身に纏っている。そのドレスがまた女性の美しさを際立たせていた。


 一瞬、目が合った気がする。


 瞬間、どきんと胸が跳ねる。体中が熱くなってくる感触に戸惑う。たぶん私の顔は林檎のように紅く染まっている。

 奴隷になってから、そもそも村でも感じたことのなかった感覚。


 遠くからでも分かる綺麗な瞳に私の姿が写った気がして慌てて視線を手元に移す。


 この胸のどきどきに支配され、頭の中まで熱くなってくる感触に陥る。


 それでも普段からほとんど手元に視線を向けて歩いているためか、感覚はよくなっているらしい。


 周りの人だかりが割れていく感覚に、顔を上げてみると目の前に先程見た綺麗な女性が私のことを見つめている。


 こちらをじっと見つめる端正なお顔に、もっと見ていたいと思いつつも耐えかねて視線を逸らしてしまう。


 その私の行動を見つめながら綺麗な女性はしっとりとした艶やかな唇を開く。


「貴女、お名前は?」


 鈴の音を転がしたような声。

 いつまでも聞いていたいような声。


「ミーシャ…です…。」


 そんな声に私は心臓を早鐘のように鳴らしながらおずおずと答える。


「ミーシャね。…決めたわ。

 そこの商人、この子はいくら?」


「えっ…?」


 思わず綺麗な女性の言葉にポカンと呆気に取られ声が漏れる。


 綺麗な女性は先頭を歩いていた奴隷商人に声をかける。

 綺麗な女性の声を聞いた奴隷商人は媚びへつらうような商売用の笑みを浮かべ手を揉みながらこちらに歩いてくる。


「おおー!ありがとうございます!

 見目麗しいお嬢様!

 こちらの奴隷はなかなか整った顔立ち、そして歳も14と若いのですが、このように白髪でして。

 なかなか買い手がつかなかったのです。このままだと穀潰しになっていたところなのでお安くしますよ!」


「そう。それはよかったわ。」


「はい!それでしたら、こちらの金額となります――。」


 綺麗な女性と奴隷商人が金額や契約書などのやり取りをしているが、私はただただ呆然としてしまっていた。


 私を…買う、の…?この綺麗な女性が…?

 今までただただ視線を向けられてきただけだったのに…。

 こんな私でいいのかな…。もっと他にいい子はいるのに…。


 そう心の中で次々と疑念が浮かぶ。

 浮かぶがそれに反して、胸の内は温かいなにかが溢れてくる。


 そんな胸の内にさらに疑念を浮かべていると交渉が終わったのか、会話を止めて奴隷商人が私の鎖を鍵で外す。


 久しぶりの枷が外れた解放感に手を閉じたり開いたりする。

 3年ぶりの解放。奴隷であることに変わりはないが一時の解放感はある。


「これから貴女は私のものよ。

 屋敷に連れていくわ。」


 一時の解放感に浸っていた私は女性の声で我に返り、恥ずかしくなってしまう。それに加え、この綺麗な女性のものになれることに少し嬉しくなってしまう。

 そして、初めて私に刻み込まれた印。

 綺麗な女性のものとしての印。

 それは心に刻み込まれた。


「着いてきなさい。

 待ち合わせの場所で迎えが待っているわ。」


「は、はい…!」


 言葉をかけると綺麗な女性は歩き始める。慌ててメイドさんの後ろに並びながら着いていく。


 後ろ姿もすごい綺麗…。


 そう思いながら歩くこと数分。

 目の前に立派な飾り付けがされた馬車が止まっている。


 初めて見る豪華な馬車にたじろいでしまっていると、御者の人が降りてきて頭を下げる。そしてメイドさんが馬車の扉を開けると手を差し出し、綺麗な女性を中に案内する。

 先に綺麗な女性が乗り込むとメイドさんが質問をする。


「お嬢様。こちらの奴隷は如何しますか?」


 そうだ、こんな汚い私を乗せてしまったら汚れてしまう。豪華な馬車だろうしすごい金額が掛かっていると思う。だから私は歩いて―


「構わないわ。

 乗せなさい、レリィ。」


「えっ…?」


 またまた呆気に取られてしまった。


「かしこまりました、お嬢様。」


 そんな私を余所にレリィと呼ばれたメイドさんが馬車の扉の横に立ちながら、


「どうぞお乗りください。」


 手を差し出してくる。


「あの、えっと…。」


 レリィ様の綺麗な手を見てから自分の汚い手を見ると思わず立ち止まってしまう。それにこの汚い体で乗って汚してしまうのではないかと色々と考えが浮かぶ。


「早く手を取ってお乗りください。

 お嬢様をお待たせしてしまいます。」


 そう言われてしまうと乗らない訳にはいかない。

 おずおずとレリィ様の手を取ると馬車に乗り込んでいく。


「お嬢様の向かい側の席にお乗りください。」


 そう言われお嬢様の前側の席の奥に詰めて座ると、レリィ様も乗り込み私の隣りに座る。


 四人分の広さの馬車なのだろう。レリィ様の近さに少しどきどきしつつ、目の前に座る綺麗な女性の顔を見れずに俯く。


 綺麗な女性の香水の香りなのか。馬車の中にふわりと、甘すぎない清涼感のある香りが広がっていて、私を包み込んでくれる。


 俯きながら香りや胸のどきどきに身を任せていると、組んでいたドレスの裾下からでもわかるおみ足を組み換えながら綺麗な女性が唇を開く。


「顔を上げなさい、ミーシャ。

 貴女の顔が見れないわ。」


「わ、分かりました…!」


 綺麗な女性の言葉に慌てて顔を上げる。

 やはり端正な顔立ち…。見ているとだんだんと体が熱くなってしまう…。胸の鼓動も激しい…。


「ふふ。可愛い顔ね。」


 私の顔を見つめながらくすりと微笑む。

 その笑顔や仕草がとてもお上品で美しい。


「そ、そんなことは…。」


「謙遜しなくていいのよ。

 ミーシャは可愛いわ。」


「うぅ……。」


 顔がどんどん熱くなって溶けてしまうような感覚。こうやって面と向かって言われたのは親ぐらいしかいない…。なので余計に胸が破裂しそうになる…。


「お嬢様。お戯れも構いませんが、まずお名前などを教えて差し上げた方がよろしいのでは?」


 体がおかしくなってしまうような感覚になっているとタイミングよくレリィ様が綺麗な女性に話しかけてくれる。


 そう言えばまだ名前を知らなかった…。


「そういえばまだだったわ。

 私はエリアナ・マテラッツィ。

 このマテーラの地を収める公爵家の当主よ。」


「えっ、公爵様だったのですか!?

 あ…すみません…!取り乱してしまって…。」


 思わず声が大きくなってしまった。公爵様なんて王様の次に偉いお方…。あまりよく知らない私でも分かるぐらい権力を持っているお家だ…。そんなお方に大きな声をあげてしまったなんて…。


「ふふ。

 ミーシャの驚く顔が見れたから許すわ。」


「あ、ありがとうございます…!」


 マテラッツィ様はくすくすと微笑みながら許して下さった…。なんとか首打ちにはならずに済んだ…。寛大なお方でよかった…。


「そうそう。

 ミーシャ。これからはエリアナ様と呼びなさい。」


 今度は軽い口調でおっしゃる。

 またまたまた呆気に取られてしまった…。

 これには本当に驚いた…。言える訳がない…。身分も天と地の差があるのに…。これは無礼者になってしまう…。


「そんな恐れ多いこと、お貴族様に、公爵さまにわ、私は出来ません…!」


「ふぅん?

 それなら命令よ。エリアナ様と呼びなさい。

 ほら、呼んでみて?」


 そんな私の言い分を無視すると不敵に笑いながらおっしゃる。

 命令と言われてしまっては奴隷である私は従う他ない。やるしかないのだ…!

 覚悟を決めるとおずおずと口を開く。


「え、エリアナ、様……。」


「可愛いらしいわね。

 今はそれで許すわ。」


 最後の方は恥ずかしさなどで消え入りそうな声になってしまったが、微笑みながらなんとか合格にしてくれた。

 まさか買われた初日に、しかも公爵様相手に名前をお呼びすることになるとは…。


「次はレリィ。貴女の番よ。」


「かしこまりました、お嬢様。」


 次はレリィ様の番ということで、私は隣りに座るレリィ様のお顔を見上げる。

 エリアナ様もレリィ様もそうだが、身長が高い。私の背がちっちゃいのもあるけどレリィ様とは頭一つ分ぐらい離れている。エリアナ様は頭一つ分と半分ぐらい。

 そのため、お顔を見上げなければならない。


 レリィ様は見上げる私の顔をこちらにお顔を向けながら淡々と紹介してくださる。


「レリィと申します。

 マテラッツィ公爵家のメイドとしてご奉公させて頂いております。

 気軽にレリィとしてお呼びください。」


「よ、よろしくお願いいたします…!

 そんな。私は奴隷ですし、れ、レリィ様でいいですか…?」


 レリィ様は無表情なのであまり分からないが、呼び捨てにしてしまうのは奴隷として無礼だと思い、咄嗟にそう返す。


「はい。構いません。

 これからは同僚としてよろしくお願いします。」


 えっ?なんておっしゃった?同僚?私は奴隷では…?


「えっと…すみません…。

 よく分からないのですが…。」


「先程も、同僚とおっしゃった通り、ミーシャにはお嬢様の専属メイドとして働いてもらいます。」


「えっ…!?

 奴隷ではなく、メイドとしてですか…?」


 驚きのあまりまた大きな声にヲタ出してしまった。奴隷として働かされるとばかり思っていたのに、まさかエリアナ様のメイドなんて…。


「はい。その予定です。」


「あ、あの…。私、メイドのお仕事は分からないですけど…。」


「その点に関しては問題ありません。

 しばらくの間は専属メイドであった私がお教えいたします。」


 まさか本当にエリアナ様のメイドになるとは思っていなかった…。ちゃんと粗相のはないようにできるかな…。今からすごい不安が…。でもレリィ様が教えてくださるし…。

 一生懸命に覚えないと…!


「分かりました…!拙い私ですが頑張ります!」


「お願いしますね。」


 決意の篭った目でレリィ様を見上げる。

 無表情だけどちゃんと私の決意は伝わってくれたかな…?ちょっと不安になってくる…。


「あら。2人ばかりでずるいわ。

 妬けちゃう。」


 レリィ様のことを見つめているとエリアナ様が少し拗ねたような口調でおっしゃる。

 慌ててエリアナ様の方に向き直る。


「す、すみません…。

 そのようなつもりは…。」


 エリアナ様はご主人様なのに蔑ろにしてしまった…。これから専属メイドになるのになんて無礼なことを…。捨てられちゃうかな…。

 せっかくお金を払って買ってくださったのに…。


 だんだんと涙が滲んできてしまう…。

 自分の愚かさに…。


「もう。泣くことないじゃない。

 泣くぐらいなら私と話をしなさい。」


 エリアナ様はそうおっしゃると少しキツめ瞳を緩めながら優しく微笑みかけてくださる。


 本当にいい方だ…。エリアナ様に買っていただけてよかった…。エリアナ様と出会ってから嬉しいことや温かいことがたくさん起こる。


 ぐっと涙をこらえると向き直る。


「ありがとうございます…!

 たくさんお話します…!」


「ええ。そうしなさい。」




 それから私の生い立ちなどをお話させて頂きながら馬車での一時は過ぎていった。







 □□□□□







 日も傾いてきた頃、馬車が止まる。

 どうやら御屋敷に着いたようだった。

 まず先にレリィ様が扉を開け、外に出ると私も降りる。レリィ様の隣りに立つと最後にエリアナ様が降りるのをレリィ様が手助けする。

 その様子をしっかりと目に焼き付ける。これから私の仕事になるのだ。


 改めて御屋敷を拝見すると、とても大きく荘厳な建物だった。


 今日からここで働くことになる。

 気合いを入れてしっかりご奉公しないと…!


 決意を新たにレリィ様の後ろを着いていく。


 執事の一人が玄関の扉を開ける。、


 御屋敷の中に入ると玄関ホールには他のメイドや執事がお出迎えのはために並んでいる。


「「おかえりなさいませ。お嬢様。」」


「ええ。帰ったわ。

 さっそくだけど、レリィ。この子を浴室に連れて行きなさい。綺麗にするのよ。

 終わったら私の部屋に来るように。」


「かしこまりました、お嬢様。」


 手荷物などを使用人に預けながらレリィ様に指示を出す。


 その後、レリィ様に連れられ浴室に向かう。

 広い御屋敷で迷いそうになりそう…。

 お部屋もたくさんある。


「これからはお部屋の配置なども覚えて頂きますからね。」


「分かりました!しっかり覚えます!」


 浴室までの道のりにあるお部屋を教えてもらいながら歩いていると着いたようだ。


「ここが浴室です。

 使用人が使う浴室とお嬢様用に別れていますのでお間違いなく。」


「こっちが私の方…。それであっちがエリアナ様の方…。」


 色々と記憶しているとそれを遮るようにレリィ様が使用人の方の浴室に入っていく。


「とりあえず、ミーシャの体を洗う方が先です。」


「すみません…!」


 脱衣場に着くとレリィ様が素早くボロボロの布切れのような服を脱がしてくれる。


「これからはミーシャがお嬢様のお召し物を脱がせるのです。素早くできるようになってください。」


「は、はい!」


「よろしいでしょう。それでは中に入りますよ。」


 浴室は広く、浴槽まで完備されている。

 浴室自体、私の村には無く、井戸から汲み上げた水に布を浸し、それで体を擦るぐらいだったために驚きを隠せない。


「浴室は初めてですね。

 数日はやり方などを覚えていただくために私が洗います。

 まずはこちらの椅子に座ってください。」


「はい!」


 言われた通りに椅子に座るとレリィ様が木の桶で水をかけてくれる。


「温かい…!」


 かけてくれた水の温度に驚く。

 今まで冷たい水だっただけに温かい水に体が震えてしまう。


「御屋敷の水は沸かしていますので。

 さて、体から洗っていきますね。」


 レリィ様はそう言うと柔らかそうな布に白い固まりを落として揉みあげる。すると忽ち泡が出てくる。泡が布全体に馴染むとまずは私の背中を洗っていく。


「気持ちいい…。」


「気持ちよくなるのはいいですが、しっかりと覚えてくださいね。」


「すみません…。ちゃんと覚えます…。」


 そんなお叱りを受けつつ背中から腕、それから前に移動して顔、首、胸、お腹、足、秘部と順番に洗っていく。

 洗ってもらっている最中に何度も変な声をあげてしまったのは内緒です…。


 そこまで終えると一旦、お湯で泡を流す。


 思わず見える範囲で体を見回してしまった。

 今まで土や埃などで汚れていた体が嘘のように白くなっている。


「ふぅ。少々手間は掛かってしまいましたが綺麗になりましたね。」


「はい!肌がすごい白くなってびっくりです!ありがとうございます!」


「いえ。仕事ですから。

 最後に髪の毛を洗いますね。」


 先程とは違った白い固まりを手に取ると同じように揉みあげていくと最初と同じように泡が立ってくる。

 ある程度溜まるとまずは頭をマッサージするように揉みこんでいく。その後は泡を髪の毛に馴染ませていきながらわしゃわしゃと洗っていく。

 心地よさに眠くなってしまうのを堪えて洗い方を必死に覚える。


 何度か洗い、水を流しと繰り返していくとみるみる本来の色である綺麗な白い髪が現れる。


「やっとですか…。なかなかに苦労しましたがこれでお嬢様にも認めていただけるでしょう。」


「すごい綺麗…。本当にありがとうございます!レリィ様!」


 綺麗な体になったのを見て、心からの感謝の気持ちを笑顔でレリィ様に伝える。


「っ…。見違えるほど、とはよく言いますが本当にそうなりましたね…。」


「どうしました、レリィ様?」


 少しいつもと様子が違うレリィ様に首を傾げながら聞くが「なんでもありません。」と言われてしまった。

 なにかあったのかな?まあいいや!これでエリアナ様の傍にいても少しは恥ずかしくないかな…。


「では、服は用意させているので上がりますよ。今日はお嬢様がお待ちですので浴槽は明日以降に。」


「分かりました!」


 元気よくそう返すと浴室を出る。

 体や髪の毛などを布で拭き取ってもらい、新しい服を着させてもらう。

 レリィ様とお揃いのメイド服。

 この服を着るとより一層、メイドになったんだと実感できる。


「メイド服似合っていますよ。」


「そうですか?ありがとうございます…!」


 レリィ様の言葉に笑みが零れる。

 これならエリアナ様も喜んでくれるかもしれない。


「では、少し長くなってしまいましたが、お嬢様のお部屋に向かいますよ。」


「はい!」




 ―――――




 その後もお部屋の説明を聞きながらエリアナ様のお部屋に着く。


 レリィ様が扉をノックする。

 少し待つと「誰かしら?」と部屋の中から聞こえてくる。

 その言葉にレリィ様が「レリィです。ミーシャをお連れしました。」と返すと、すぐに「入りなさい。」と返ってきた。


 レリィ様が「失礼します。」と言って入っていく後ろに隠れながら私も「失礼します…。」と言って着いていく。


 緊張する…。エリアナ様と馬車の中でお話したとはいえまだあって一日も経っていない。

 それにエリアナ様の前だとどうしてもどきどきと胸が高鳴ってしまう…。


 お部屋に入るとそこは書斎のようなお部屋だった。本棚には様々な本がぎっしりと入っている。


「少し長かったわね。」


「はい。汚れがかなり酷かったので。」


「そうね。あれだけ汚れていたものね。

 ところで、ミーシャはなぜレリィの後ろで隠れているのかしら?」


 エリアナ様が私に話しかけてくださる。でも緊張やら恥ずかしいやらできゅっとレリィ様のメイド服を摘んでしまう。


「どうやら緊張しているようですね。

 大丈夫ですよ、ミーシャ。」


 レリィ様が優しい声音で言ってくれる。


 レリィ様の後押しもあり、俯きがちになりながらもレリィ様の後ろからちょこんと移動する。エリアナ様は書斎でお仕事をしていたのか、机には資料が置かれている。


「レリィ。」


「はい、お嬢様。」


「よくやったわ。」


「お褒めのお言葉。恐悦至極に存じます。」


「ええ。さすがね。

 ミーシャ、こちらに来なさい。」


「はい…。」


 エリアナ様がそう言って手招きしてくる。

 顔を林檎のように紅く染めながらとことことレリィ様の座る椅子まで歩いていく。


「ふふ。私の目に狂いはなかったわ。

 ミーシャは磨けばさらに可愛くなると思っていたわ。」


 胸の鼓動が早くなるのを感じながら、エリアナ様隣りまでくると私の方に向きを変え、正面から見上げるように私の顔を見つめてくる。


「本当に可愛いわ。この絹のように滑らかな白い髪も、小動物を連想させる可愛らしい顔も。ミーシャに巡り会えてよかったわ。」


「うぅ…。私も…お綺麗なエリアナ様にお会いできて光栄です……。」


 エリアナ様から送られる賛辞と私の髪を掬いとり口付けする姿に、胸がいっぱいいっぱいになりながらも、どうにか私も言葉を返す。

 体中が浴室にいる時より熱くなってくる。


 そんな私の火照った頬をくすりとして微笑みながら綺麗な指先で撫でてくれる。


 先程のレリィ様からとは違う、温もりがじんわりと指先から頬に流れ込んでくるような。


 しばらく感じたことのなかった温もりに思わず涙が一雫落ちる。

 落ちてしまえばあとは続くだけ。

 ぽとりぽとりと涙が溢れてくる。


 そんな私をエリアナ様は椅子から立ち上がると、何も言わずぎゅうっと抱きしめてくださる。


 エリアナ様の体からは優しくほんのり甘い香りが溢れ出ていて。その香りはエリアナ様の温かい体温と共に私を包み込んでくれる。


 私はエリアナ様のお召し物が涙で濡れてしまうと分かっていても止めることは出来なかった。それどころか不躾にも私からもエリアナ様の体に手を回してぎゅうっと抱きしめてしまっていた。


 しかし、エリアナ様は私を叱ることなく、さらに強く私のことを抱きしめてくださると、泣き止むまでずっとこうしてくださった。



 ――――



 それからしばらくして、やっと私の涙が止まると優しく抱擁をやめると、


「これからはずっと私と共に生きなさい。

 片時も離れることは許さないわ。

 これは命令よ。」


 そう言って私に微笑みかけてくださる。


 命令でなくても私は一生、エリアナ様から離れません。私を奴隷の立場から救ってくれた人。そして私が一目惚れしてしまった人。


 これで二度目のエリアナ様のものとしての印。

 心に刻み込む。


「はい!一生をかけて!」










 □□□□□








 エリアナ様との出会いから早くも六年が経ちました。私も二十歳と区切りのいい歳になったのです。身長も今ではレリィ様より少し高くなりました。だいぶ伸びた方だと思います。

 エリアナ様との関係にあまり変わりはありません。専属メイドとご主人様です。しかし変わった点があるとすれば…。これは後ほどお話しましょう。この六年間はあっという間でした。エリアナ様とご一緒にいられる。それだけで幸福な毎日でした。この幸福はこれからもずっと続くでしょう。刻み込まれた印が消えてしまわない限り。


 六年もの間、様々な出来事がありました。

 全ての出来事を話すと長くなってしまうので3つほど掻い摘んでお話します。




 一つ目はエリアナ様とご一緒に同衾させていただけるようになったお話です。


 初めてお会いし、私を買っていただいた日から私はエリアナ様と同衾するようになりました。その時は心臓が壊れてしまうのではないか、と思うぐらいに高鳴ってしまっていたのを今でも思い出せます。

 話を戻しまして…。

 初めの頃は、ただ睡眠をご一緒するだけでしたが、三ヶ月を過ぎた辺りでしょうか。私もやっとのこと、専属メイドとしてレリィ様に合格と言っていただけるぐらいにはなった頃です。その頃からエリアナ様の入浴を一人でお手伝いするようになった時期でもあります。

 私は初めてお会いした時からエリアナ様を傾慕していた身でしたので…。劣情を催してしまうこともありました…。

 ある日、不敬であると分かりつつも、同じベッドの中、エリアナ様が就寝したのを見計らいまして、エリアナ様のお名前を呟きながら自涜を行っていたところ、その…エリアナ様は起きていらして…とても光栄なことにエリアナ様も私のことを思っていただけていたようで…。それから…。

 あとはご想像にお任せします…。


 その事件(私が勝手に言っているだけですが)以降はほぼ毎夜でしょうか…。するようになりました…。お言葉のまた違う方の意味に恥ずかしながらなってしまいました…。




 二つ目はエリアナ様の入浴のお手伝いをするようになったお話でしょうか。


 最初はレリィ様をエリアナ様に見立てて入浴のお手伝いの練習をしていたのですが、二ヶ月が経った頃、少しは上達できたようで、レリィ様も入れてのエリアナ様の入浴のお手伝いに参加できるようになりました。

 初めて拝見させていただいたエリアナ様の裸体はそれはもう、私の少ない言葉では美しいとしか言い表せないものでした。

 まるで女神様が降臨なさったかのような感覚に陥ってしまいましたから…。キメの細かい白く透き通った瑞々しいお肌に、絹のように艶やかな黒髪のコントラストは形容のしがたい美を感じました…。おっと、失礼しました…。つい感情が昂ってしまいました。

 だけども、レリィ様とご一緒していたおかげで感情や劣情にも歯止めが効いていました。

 しかし、私一人に任せられるようになってからはどうにも感情や劣情を抑え切ることができず、エリアナ様のお身体がお近くにあるのを感じるとベッドの中で自涜をしてしまいました…。それが一つ目にもお話したことに繋がります…。




 最後はやはり、印でしょう。

 エリアナ様と私を繋ぐ、重要な印です。


 私はエリアナ様に二度も心に印を刻み込んでいただきました。これは消えることのない印。エリアナ様のものであるという印。


 しかし、エリアナ様は目に見える印がないと不安のようです。なにか過去にあったのは分かりますが教えてくださいません。言いにくい過去なのでしょう。なので私は追及しません。だって私はエリアナ様のものですから。

 過去を忘れてしまうぐらい見ていただきたいのです。


 いざ印を体に刻み込むときに、ベッドの縁に座りながらエリアナ様が床に跪ずいている私の顎の下からつま先で顔をくいっと持ち上げながら提案してくださいました。


「私の足でミーシャに印を刻み込んであげる。」


 いつからでしょうか。私はエリアナ様の美しいおみ足に惹かれるようになっていました。

 もちろん、エリアナ様のお身体全てを愛していますが、特に惹かれてしまうのはお顔とおみ足なのです。ドレスから覗くおみ足。ストッキングに包まれたおみ足。浴室にて水が滴るおみ足。ランジェリーからすらりと伸びるおみ足。様々なエリアナ様のおみ足に私は魅了されてしまいました…。


 そんな私の邪な思いを汲み取っていただき、エリアナ様のおみ足により印を刻み込んでいただくことになりました。


 跪いている姿勢から上半身だけをあげます。

 エリアナ様はそれを見届けると愉快そうに口元を歪めながら私を見下ろしてくださいます。

 その表情は私の中でも特に好みな表情の中の一つです。


 その表情にぞくりと感情が昂ってしまい、心無しか息も乱れてしまいます…。


 私の表情を読み取ったのかくすりと微笑むとそっと足を持ち上げ、太ももの付け根辺りにつま先を置きます。


 エリアナ様の素足の感触が伝わると全身にびりりとした快感が生まれる。


「……っぁ……。」


 思わず声が漏れてしまいます…。そんな浅ましい姿の私を見下ろしてくださいながら、つま先に体重をかけられていきます。


「……んっ……。」


 太ももがつま先の圧力でぐにゃりとエリアナ様のおみ足の形に変形します。それだけで否応にも体が火照ってきてしまう。


「……はぁ……はぁ……。」


 顔をだらしなく蕩けさせてしまいながら、エリアナ様のくすくすと微笑むお顔に見惚れてしまいます…。


 エリアナ様は最後の段階とばかりにぐりぐりとつま先に力を込めながら私の太ももを踏みにじっていきますと、エリアナ様の足の爪なども皮膚にくい込み、痛みが襲ってきますが私の体には痛みではなく悦楽が浸透してくる…。


 まさか私に、被虐嗜好があるとは思っていませんでした…。しかし、現にこうしてエリアナ様に痛めつけられると、普段より一層感情が昂ってしまいます…。


 私のことを私より見抜いていらっしゃるエリアナ様は太ももの付け根に、印を刻み込むためにしっかりと踏みにじっていきます…。


「……ぐっ……ぅっ……。」


「ふふ。昂っているのね。」


「…っ…すみません……。」


 快楽を必死に堪えようとするが耐えられるはずもなく、限界が近づく…。


「そろそろかしら。」


「…エリアナ、様っ……。」


「いきなさい。ミーシャ。」


「…あぁぁっっ!」


 とどめとばかりに一際強く踏みにじられると、その快感に体を大きく震わせて果ててしまう。


 そこでようやくエリアナ様がおみ足を私の太ももから離すと、そこには紅く腫れ上がり、足の爪で破れた皮膚から鮮血が滲み出ている。


「はぁ…はぁ…。」


 果ててしまい倦怠感に襲われながらもエリアナ様のお顔を見つめ続ける。


「よく頑張ったわね。

 しっかりと印も刻み込まれたし。

 これで数日は持ちそうね。」


「ご褒美よ」とエリアナ様が私に接吻してくださる。

 その甘い接吻に酔いしれながら、印を刻み込む儀式は終わる。



 これが三度目の印。

 これから何度も印が癒えては繰り返されていく刻み込み。エリアナ様のおみ足によって体に刻み込まれていく印。


 半永久的にいつまで続く印を刻み込む儀式。




































 三つほどお話しましたが、まだまだお話はあります。それにこれからも色々な出来事があるでしょう。それに汁を刻み込む儀式は今でも続いています。



 ……おや、いつの間にか印が癒えてしまっていますね。これはまたエリアナ様に刻み込んでいただかないと……。


 ……それではまたどこかで……。






























































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ご主人様から頂く印<しるし> せいこう @masa229638

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