終末探偵は歩く

黒てんこ

終末探偵

 朝起きてコーヒーを入れる。ゆっくりとお湯を注ぎながら、豆本来の香りを楽しむ。私が大好きなブルーマウンテンなのだが、今ではこれを手に入れることも難しくなってしまった。そのため、いつ底を尽くのかと毎日ひやひやしながらコーヒーを入れている。


 すでに朝日が昇ってから一時間は経っただろうか。もう少しコーヒーを飲んで一息着いたら、いつものように散歩に出かけるとしよう。どんな状況であろうと、モーニングルーティンは欠かせない。


 窓の外を眺める。雲一つない青空。そこに響き渡るセミの声。8月1日に相応しい真夏の一日の始まりを感じる。「今日も一日、平和でありますように」、私は心の中でそう呟いた。


 そのとき、事務所のドアに付いた小さな鐘が鳴り響いた。


 どうやらお客さんのようだ。しかし、こんな早朝にやってくるお客さんとはどんな人物だろうか。時刻はまだ7時を過ぎたばかり。私の心に、久方ぶりの好奇心が芽生えた。


 私はゆっくりと席を立ち、事務所の入り口へ向かう。足の踏み場もないくらい本やら書類やらが散らばっている間を、私は慣れた足さばきで移動していく。ここを片付けようとは思わない。片付ける時間はあるが、片付ける意味はないのだ。


「どちらさまかな?」


 私は声をかけながら入り口に到着すると、そこには小さな女の子が立っていた。おそらく面識はない。白のワンピースを着て、麦わら帽子をかぶった、いかにも夏を体現したかのような少女である。


「今日はどうしたのかな、親御さんは一緒じゃないのかい?」


 私は怖がられないように、できるだけ優しい口調で話すように努めた。今の私は髪も髭も伸ばしっぱなしで、外見だけではかなりの不審者である。特に子供の目から見れば、絵本に出てくる化け物に見えても仕方がない。


 しかし、その少女は私の外見には一切驚きを見せなかった。それどころか表情にさえ変化はない。まっすぐと静かな瞳で私を見つめていた。


「一人で来ました。お願いしたいことがあって」


 その少女は「鈴原」と名乗った。私は頭の中で鈴原という名字の人間を探ってみたが、目の前にいる少女に繋がるように情報は見つからなかった。


 こんなに朝早く、しかも小さな女の子が一人。しかし、お客さんには違いない。


「依頼があるのかい。ならそちらで話を聞こう」


 私は来客用のテーブルに、鈴原と名乗る少女を案内する。そして、私は先ほど入れたコーヒーを、その少女には冷たい緑茶をいれてあげた。せっかくなのだからジュースでもいれてあげたかったが、残念ながらその用意はない。このご時世、ジュースを手に入れることも難しく、また、私の事務所に子供が来ることも想定していなかった。


 その少女は私が出した緑茶を「ありがとうございます」と言ってすぐに飲み押した。どうやら喉は乾いていたらしい。こういった子供っぽいところもあるのかと思いつつ、すぐにおかわりをついだ。それにしてもしっかりとした女の子だ。


「それで今日はどんな用事かな?」


 私はさっそく本題に入った。


 少女は一つ咳払いをする。そして、カバンから本を一冊取り出した。


「この本の作者を見つけてほしいのです。この街に住んでいることまでは分かっています」


 少女が取り出した本は10年ほど前に出版された推理小説だ。私も読んだことがある。有名というほどではないが、知っている人は知っている。そしてたしかに、この本の舞台はこの街だ。


■□■□■□


ここまで、1時間。

「1時間で書く企画」参加作品。

企画URL:https://kakuyomu.jp/user_events/1177354054917813939

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