二章 消えてしまった居場所④
空いていた隣の席が埋まる。ちらりと横目で確認すると、大塚さんが眠たそうに頬杖をついていた。
彼女は私なんかよりもずっと強かった。泣いているところを見たことがないし、誰かに助けを求めている姿も見たことがない。
小柄でくりっとした大きな目が特徴的だからか、同年代の子よりも幼く見える大塚さんからは、折れない強さがあるようには見えない。すぐに泣いて、ぼろぼろに崩れ落ちてしまいそうに見えるのに。
私は目を閉じて、四月頃のことを思い出す。
日直の子が黒板を消していなかったことに気づいて、本鈴直前に慌てて消し始めた。明らかに一人でやっていたら先生が来てしまうほどの文字の量。誰も手を貸そうとはしない中で、真っ先に立ち上がり手伝ったのは大塚さんだった。
面倒だからと見て見ぬふりをする人たちばかりの中で、彼女だけはいつも違っていた。
困っている人がいたら躊躇わずに手を差し伸べる。同じクラスになり大塚さんのことを知ってから、彼女は私の憧れになっていた。きっかけがなくてなかなか話しかけられないけれど、話してみたい、仲よくなりたい、と密かに思っていたのだ。
それなのに私は己の保身を選んだ。醜くて最低な自分に嫌気が差す――。
呼吸がうまくできなくなって、鼻から空気を吸い込み、肺に落としていく。そして、ゆっくりと吐き出した。落ち着かせようとするこの行為が胃のあたりをさらに不快にさせていく。自分の過ちが、自分に返ってきて初めて痛感するなんて滑稽だ。
休み時間は特に孤独だった。みんなが楽しげな会話をしている中、いくら本を読んで気を紛らわせていても、疎外感と寂しさに負けそうになる。だから授業開始のチャイムが鳴るとほっとする。それほど孤独は私の心を蝕んでいた。
お昼の時間はお弁当の入ったトートバッグを手に、教室から抜け出す。誰も来ない二階の空き教室で、木が少し傷んだ椅子に腰を掛けてひっそりと食べた。
外からの日差しがあまり差し込まず、薄暗いこの場所は結構埃っぽい。けれど、私は一人でお昼ご飯を食べている時間が一番安心した。
私は、どうすればよかったのだろう――。
裏掲示板に書かれていたことは誤解だよ。事情があるんだよと伝えても、全部無視されてしまった。友達である私の言葉よりも、顔の見えない誰かが書いた掲示板の噂の方を信じる。その事実に私という人格が否定された気がして、ことごとく打ちのめされた。
卵焼きを箸で摘んで、口の中に運ぶ。ほんのりとした甘みが口内に広がり、無言でそれ嫌なことがあっても食欲がなくなることや、食べ物に味を感じないということは特にない。それでも胸になにかがつっかえている感覚はずっと消えずにあり続ける。
結局自分が可愛くってたまらなくて、傷つきたくない。愛されたい。必要とされたい。
大事にされたい。
だから間違っていることを指摘して、嫌われるのが怖かった。
私は大塚さんとは違う。情けなくて、自分の意思も貫き通せない偽善者だ。
弱い人間というわけではない。けれど、強い人間というわけでもない。簡単にどちらにでも傾くだけだ。味方がいれば強くなれる。けれど、ひとりぼっちだと弱くなってしまう。
そして、今の私の隣には誰もいない。
♦
ホームルームが終わり、机の中身をカバンにしまっていると視線を感じた。
彼女たちが私を見ながら笑っている。その手には携帯電話が握られていて、きっと裏掲示板でも見ているのだろう。悪口がたくさん書かれていることはわかっている。
そもそも私と大塚さんでは、いじめられ方が違っていた。
大塚さんへのいじめには、直接攻撃する行為も含まれていたけれど、私の場合は完全なる〝無視〟だ。彼女たちは私のことを〝幽霊〟と呼んでいるみたいで、まるでいないもののように扱っている。これまでは私が話しかけても無視をして陰でこそこそ笑っていた彼女たちだが、あの切り裂かれたぬいぐるみのように、今後はなにかされるかもしれない。
そう考えるだけで血の気が引いていく。
唯一挨拶をしてくれるあの子が、一緒になってぬいぐるみを引き裂いたとは思いたくなかった。誕生日に渡したとき、嬉しそうに笑って大事にすると言ってくれたことを思い出して、酷く苦い気持ちになる。
ふと、彼女たちのカバンのキーホルダーに目が留まった。みんなで買ったお揃いのキーホルダーは、私だけがつける意味も資格も失っていて、一緒にいた日々は過去なのだと痛感する。
彼女たちが教室から出て行ったのを確認してから、裏掲示板にアクセスする。すぐに画面が黒く塗りつぶされ、白い文字で〝裏掲示板〟の文字が浮かび上がった。
このサイトは基本的に毒を吐く場所だからか、気味が悪くて暗い雰囲気で作られている。
おそるおそる一番上にあるスレッドをクリックした。
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