理由

彼女とは……和賀 美月とは生まれた頃からの付き合いだった。


同じ病院で生まれ、生まれた日も同じ。時間も殆ど同じと言う奇跡みたいな関係だ。


家も近く、だからかいつも一緒にいて一緒に育った。だが性格は全然違い、自分はどうしようもなく貧弱で、怖がりで、小心者で気が弱い。


そんな自分をいつも彼女は守ってくれた。そしてそんな関係を自分はいつの間にか当然だと思い、甘えるようになっていた。


しかし中学三年生になったとき、全てが変わってしまった。


秋山あきやま 令士れいじ。有名な不良だ。キレると何をしだすか分からず、良くない噂も幾らでも聞いた。そんな男に、自分が目をつけられた。偶々視界に入っただけ。それだけだった。


金をせびられたり、裸にされたり変な物真似をさせられたり、機嫌が悪いときのサンドバックにされたり……


だがそんな状況に、美月は気付かぬ筈もなく、美月はレイジと何かしら話し合うと、苛めはすぐに無くなった。


だがその直後から美月に避けられるようになり、一度だけ問い詰めた。だが美月からは、なにもない。もういい加減中学生にもなったんだから話し掛けないでよと言われた。


ほぼ同時期に、レイジと美月が付き合ってると言う噂も流れ、良くない人間との付き合いも聞かれ始めていたし、付き合いの長いからこそ目をみれば分かった。無理をしていることも、冷たくしながらも目で自分に助けを求めていることも。


だがその時自分の脳裏に浮かんだのはレイジからの虐めの数々。もしここで美月を助ければ、また自分が標的になる。


それが怖かった。だからそれには気づかない振りをした。最初はそれでも時折目が合うと辛そうな顔を自分にして来たが、それには気づかない鈍感な自分であり続けた。


だってどうしようもないじゃないか。相手はヤバい連中との繋がりも噂される秋山 令士だ。頼んでもいないのに勝手に助けようとしたのは美月の方だ。だから自分は悪くない。


そう自分に言い聞かせている内に、美月の顔から辛さは消え、その代わり仮面のような笑顔が見られるようになった。


良かったじゃないか。美月は笑ってる。意外とレイジには優しくしてもらってるんだ。そうに決まってる。


レイジを介して金を払えば和賀とヤれる。何て言う売春行為や、有料のサイトには美月のそう言った行為の動画が上がってるとか、そんな声は全部聞こえないことにした。


美月は幸せだ。良かった良かったと思い込んだ。高校に進学しても美月とレイジの付き合いは続き、自分は時々その光景を遠くから見る。それが続くと思っていたある日、


「あ、すいません!勇者になる気はありませんか!?」

「は?」


人の事は言えないが、ふくよかな体の神候補生を名乗る女性が寝ていたら夢に出てきたのだ。


「あ、私はウジャマルラって言います!」





「タケル」

「あ、鶴城先輩」


タケルがイラーワの街中を歩いていると、後ろから声を掛けられ、振り替えると勇誠が立っていた。


「昨日ぶり。大丈夫だったか?」

「え、えぇ。何時もの事ですから」


と言いつつタケルは勇誠の腰を見ると、木刀が一本ベルトに差してあった。


「ん?あぁ、これはさっき武器屋で買ってきたんだ。結局俺に合う剣がなくてさ。取り敢えず木刀で代用したんだ。中々良いもんだぜ?」


そう言って勇誠は笑いながら、クイッと顎で方向を示すと、


「少し二人で話さないか?」

「……はい」


勇誠の誘いに、タケルは素直に応じる。そうして二人は歩き、人気が全くない空き地まで来た。


「今日はお一人なんですね」

「あぁ。お前と二人で話したくてさ」


勇誠に言われ、タケルは眉を寄せると、


「あの……レイジの事ですよね?アイツのは何時もの事ですから。気にしないでください。俺は大丈夫ですから」

「それとは別件だ」


え?とタケルは勇誠に出鼻を挫かれ、ポカンとしてしまう。てっきり先日のレイジとのやり取りの事かと思ったからだ。だが次の瞬間、勇誠が発した言葉に、タケルは全身の血が凍りついたような感覚が襲った。


「和賀 美月についてだ」

「っ!」


タケルはとつぜん出された名前に、口をパクパクさせながら勇誠をみて、


「な、なんでその名前を……」

「お前の幼馴染。現在東桜高校の一年で、レイジの恋人。だろ?」


勇誠がそこまで言った瞬間。タケルは勇誠の胸ぐらを掴み上げた。


「あんたも美月に何かしたんですか?」

「んなわけあるか。偶然知り合っただけだよ」


勇誠がそういうと、タケルが明らかにほっとした表情を浮かべ、その手を離す。しかし勇誠は、


「あんたも……って言うってことは、美月がどんな状況なのか薄々、いや殆ど確信を持って居るってことだな?」

「っ!」


ドクン!とタケルの胸が跳ねる。緊張から来るのか口の中が乾く。


「ど、どんなってなんですか?」

「とぼけんなよ。あ、でも流石に妊娠の事までは知らないか」


は?とタケルは一瞬勇誠の言葉が理解できず、完全に思考がフリーズした。


「誰の子かは分からないらしい。売春・AV擬き・知らんやつの性欲の捌け口何でもござれだったらしいからな。レイジかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく妊娠した。まだ初期だから目立たないが、兆候は出てる。遠くないうちに周りに発覚するだろうさ」

「で、でももうレイジは向こうにはいないんです。もう美月は……」


酷い事されない筈だ。か?と勇誠に言われ、タケルは頷く。しかし勇誠は首を横に振り、


「レイジの知り合いらしい連中に連れてかれそうになってたぞ」

「なっ!なんで!?」


当たり前だろう。と勇誠は少し頭を掻くと、


「あぁ言う輩はな。一人抜けた程度で終わるような連中じゃねぇんだよ」

「……」


レイジがこっちに来てるからもう終わりなんて、そんな都合の良い展開はない。一人抜けても他のやつらが同じことをするだけだ。


「そんな……」


だがタケルは思いの外ショックを受けている様子だ。そんなタケルに、


「ここにいて良いのか?」

「え?」

「ここにいて良いのか?お前の体はあっちの世界でずっと眠ったままだ。そしたら和賀を助けてあげることできないぞ?」


勇誠の問いかけに、タケルは笑顔を無理矢理つくって勇誠を見る。


「や、やだなぁ。無茶を言わないでくださいよ。お、俺もう美月とずっと話してないし、美月は俺の顔何てみたくないでしょうし、何より向こうに戻ったら俺のこっちでの記憶なくなるんですよ?美月の今の状況だって忘れてしまいます」


じゃ、じゃあ俺クエストあるんで、と背中を向けて走りだそうとするタケルに、勇誠は口を開くと、


「また逃げるのか?」

「っ!」


勇誠の言葉に、タケルは一瞬体を震わせると、足を止めた。


「逃げる?」

「和賀がレイジとしたやり取り。レイジとの関係。全部を一言一句違えることなくってまではいかなくても、薄々は気づいてたんだろ?少なくとも一年の間では有名だったらしいじゃないか。レイジに金を払えば、好きなだけヤれる女がいるってな」


と言うのは、刹樹に聞いたことだ。後輩の一年が話しているのを偶然聞いただけらしいのだが、飽くまでも噂としてそう言うのを聞いたことがある程度。しかしそれなりに有名な話なんだろう。


「和賀からしか話は聞いてないから、一方的にしか話は知らない。だからお前の言い分があるなら聞く。だが、お前はレイジに苛められていた。そして和賀と何かしらの話し合いの末、レイジと付き合うことになりお前と疎遠になった。その後の和賀の噂は今言った通りだ。それくらい出回った噂を、お前が知らないとは思えない。そもそも、レイジと付き合い始めた段階で何かしらは感じたんじゃないか?」

「……」


勇誠の言葉に、タケルは顔を背けつつも、


「つ、付き合うのは本人達の決めることですし、俺が決めることじゃ……」

「自分を苛めてた奴と幼馴染が突然付き合い出して、何も感じなかったのか?」


タケルの反論に、勇誠は更に続けて問う。そんな勇誠に、タケルは苛立ちを見せた。


「ほっといてくださいよ。あなたには関係ないでしょう!」

「赤の他人ならな。ただ和賀は死のうとしたんだ。そこまで見ちまったら、お節介くらい焼くしかねぇだろ」


勇誠の言葉に、またタケルは目を見開く。死のうとした?どう言うことかと。


「この間は偶然俺たちが通って止めたけどな。大分精神的に追い詰められてる。当然だけどな」

「……」


タケルは動揺して口をパクパクさせたが、すぐに口元を結び直し、


「で、でも俺にはもう関係ないことですから」


とタケルは言う。


「今更……俺の顔なんて見たくないですよ。アイツは」

「それでも、お前には行く義務があるんじゃないのか?」


それともこのまま逃げ続けるつもりなのか?と勇誠が言うと、タケルは肩を竦める。


「さっきも言いましたけど、逃げるってなんの事ですか?」


タケル自身苦しい言い訳な自覚はあった。逃げるのか?と言う問いかけに、はっきりと反応している。 何かしらは後ろめたい事があるのは、既に白状しているようなものだ。


だがそれを認めて口にするのは、タケルには出来ない事だった。


「お前はさ。基本的に優しい奴だよ」

「はい?」


しかし突然の誉め言葉に、タケルはポカンとしてしまう。


「スライムから助けてくれたり、態々街の案内や、ギルドでの乱闘でも助けてくれた。だから思うんだよ。お前みたいなやつが、ずっと付き合いのある幼馴染の変化や悩み、そして出してたSOSに気づかない筈がないんだってな」

「っ!」


勇誠の指摘に、タケルは唾を飲む。


「それに幼馴染ってのは厄介な関係だ。付き合いが長いし、結構深く付き合うから、言葉を交わさなくても結構伝わる。嬉しいのか嬉しくないのか、悲しいのか悲しくないのか……辛いのか助けて欲しいのか。見てるとわかっちまうもんだろ。俺も幼馴染がいるからな。結構分かる。まぁ一番肝心なとこには気づかなくて喧嘩したりもしたけど」


苦笑いを浮かべつつも、勇誠は言葉を続けた。


「だからもう一度言う。逃げるのか?」

「……」


そんな問い掛けに、タケルは歯を噛み締めるとゆっくり前をみた。


「言った筈です。もうアイツは俺の顔なんて見たくない。俺だって会わせる顔がない。今更俺に出来ることなんて無いですよ」

「じゃあお前はアイツをまた見捨てるのか?まだ間に合うのに、ここでジッとしている気なのか?」


そんなタケルに勇誠は問い詰めると、タケルが勇誠の胸ぐらを掴み上げる。


「何なんだよあんた。そんなに言うならあんたがどうにかすれば良いだろ!俺みたいなダメな奴と違ってあんたは剣道部の部長だし、あんなに可愛い女の子達にも信頼されてて、あんたの方がずっと凄いじゃないか!俺はオルトバニアだから戦えるけど、現実の俺はどうしようもなく弱っちくてダメなやつなんだよ」

「確かにそれも出来ない訳じゃない。でもな、それじゃきっと和賀は本当の意味では救われない。レイジ達から引き離しても、アイツは立ち上がれない。しゃがみこんでるアイツを救えるのは、お前だけなんだよ。お前じゃなきゃダメなんだよ!」


勇誠に声を荒げられタケルはビクッと体を震わせる。


「昨日今日あった俺じゃない。ずっと一緒にいて、良いところも悪いところも、全部を見ているお前じゃなきゃ、傷ついて追い込まれてるやつはダメなんだよ」

「……」


するとタケルは勇誠から手を離し、


「っ!」


タケルの拳が飛んできて、勇誠は咄嗟に体を捻って回避するが、鼻先を掠ってしまい、鼻からドロッと血の塊が出て、鼻先から奥に向けて鈍痛と共に目眩が襲ってくる。


「あんたに何が分かるんだよ。俺だって、出来るんだったらやってるんだよ。でも俺には出来ないんだよ。分相応を理解してるんだよ!現実ってのはそんな簡単じゃないんだ!ゲームや漫画じゃない。俺みたいな奴は助けに入ってみんな倒してハッピーエンドはできないんだよ!」

「……」


タケルの叫びに、勇誠は鼻血をフンッと鼻から出すと、静かに木刀を腰から引き抜いて構えた。


「甘ったれるな。お前がそうやって逃げる理由を考えてる間にな。和賀はどんどん追い込まれていくんだ。逃げる理由を考える暇があんなら、戦う理由を考えたらどうなんだ!」

「っ!うるさぁああああああい!」


叫びながら木刀を構える勇誠の元に、タケルは拳を振り上げると走り出すのだった。

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