変わらぬ愛と金盞花

朏 天音

変わらぬ愛と金盞花

「あ……」


 お盆休みの晴れた夏の日、公園の森で遊んでいると、少女は一輪の花を見つける。

 太陽のように、明るいオレンジ色のマリーゴールド。

 マリーゴールドが大好きな母、咲良さくらに見せようと摘んだ。

 するとその先にもまた一輪、さらに先にまた一輪。

 マリーゴールドは点々と咲いていた。

 沢山あればあるほど喜ぶと思った少女は、一輪、一輪としゃがんで上手に摘んでいく。

 ふと前を見ると、マリーゴールドが地面いっぱいに咲いている花畑を見つけた。

 中央には、花畑を分けるように一本の道がある。

 少女は吸い込まれるようにその道に沿って走り出す。

 持っていたマリーゴールドを落として、花畑の先にある何かに向かって。




 走った先は少女が全く知らない街だった。

 この街には至る所にマリーゴールドが飾られていて、オレンジ色に染まっている。


 ここはどこ?


 少女は街を見渡したが、知っている人も、知っている建物もなかった。

 不安がこみ上げ、目に涙が溢れる。

 今にも泣いてしまいそうだったが、彼女は堪えた。


 もう直ぐ弟が生まれる、私はお姉ちゃんになるのだから、泣いてばかりいては駄目。


 少女は咲良に言われた言葉を必死に自分に言い聞かせる。

 若い青年が少女の目線に合わせてしゃがみ、微笑んで声を掛けた。


「こんにちは。大丈夫? 迷子かな?」

「うん……。お母さん……知らない……?」

「どんな人? 一緒に探してあげる」


 泣きそうな目をする少女の手を青年はそっと優しく握る。


「冷たい……」

「ごめんね、体温低いから……」

「ううん。あったかいよ」


 不思議に思った少女は、困った顔をする青年ににこりと笑って見せた。


「あたしは彩芽あやめ。あなたは?」

「そう……彩芽……いい名前だね。僕は……ミオソティス、よろしくね」

「うん!」


 彩芽は満面の笑みでうなずいた。

 彩芽は気付かなかった、ミオソティスが一瞬暗い顔をしていたことに。




 彩芽とミオソティスは手繋いで街を歩く。


「お母さんはどんな人?」

「お母さんはね、優しくて、綺麗で、ご飯が美味しくて、白が好きで、絵を描くのが上手で、猫さんが好きで、パパとアヤが大好きなの! あとね、あとね、オレンジ色の小さいお花が大好き! あのお花!」


 楽しそうに話す彩芽が指差した花は街中に飾られているマリーゴールド。


「ミオは好きなお花ある?」

「ミオ? ミオって僕のこと?」

「うん! みおそてぃすだからミオ!」

「そっか……。あの花なら、僕も好きだよ。マリーゴールド」

「お母さんと一緒!」


 無邪気に笑う彩芽とは裏腹に、ミオソティスは優しく微笑むがまた一瞬顔を暗くした。


「もうちょっとで弟ができるんだよ。アヤお姉ちゃんになるの」

「よかったね。それなら、早くお母さんのところに戻らなきゃね」

「うん!」


 腕を大きく振りながら歩く彩芽とそれを見ながら微笑むミオソティス。

 二人は街の人に、彩芽の母らしき人はいないかと聞き込みをして回った。

 しかしその努力も虚しく、手がかり一つ見つからない。

 途中、ミオソティスは歩き疲れた彩芽を背負って歩き、さすがに歩き疲れたと近くにあった公園のベンチに腰を下ろした。


「ミオ! これ食べたい!」


 彩芽が欲しがったのは屋台のアイス。

 これだけ動いたのだ、甘いものが欲しくなるのも無理はない。


「いいよ。どれがいいの?」

「イチゴ!」

「じゃあ、イチゴアイス二つで」

「あいよ!」


 笑顔で返事をした店員の男は手早くコーンを出し、アイスを乗せ、コーンに紙を巻いてミオソティスに渡す。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。」


 先ほどのベンチに戻ると、彩芽は足を揺らして待っていた。

 アイスを渡すと嬉しそうに笑顔になる。


「彩芽、落とさないようにね」

「うん! ありがと」


 待ってましたと言わんばかりの顔で、彩芽はアイスにかぶりついた。


「美味しい〜」

「よかった。これを食べ終えたらまた探そうね」

「うん!」


 アイスを食べていると、ミオソティスは肝心なことを聞いてなかったと思い返す。


「そういえば、彩芽はどうやってここに来たの?」

「お花見つけて来たの」

「花?」

「うん。えっと…あ! あれ! まりーごぉるどだよ!」


 口周りにアイスをつけて話す彩芽の言葉にミオソティスは少し考え込む。


「じゃあ、君のお母さんは向こう側に居るかなぁ」

「ミオ、お母さんがいるところわかったの?」

「うん……」

「やった! 早く行こ!」


 喜ぶ彩芽はベンチから飛び降りてミオソティスの腕を掴んで引っ張った。


「待って待って」


 早速行こうとする彩芽を引き留め、屋台の人に貰っておいたお手拭きでアイスでベタベタな彩芽の口元を拭く。

 コーンについていた紙と先ほど口を拭いたお手拭きをゴミ箱に捨て、二人は再び手を繋いだ。


「彩芽、どこに行くかわかってるの?」

「知らない……」


 しょんぼりとする彩芽を見たミオソティスは、小さく笑い、変わらないなと言いそうになったのを継ぐむ。


「早とちりだね。案内するからついて来て」


 手を繋いで向かった先は満開のマリーゴールドが咲き誇る花畑で、彩芽が見た花畑と同じ、中央で分けるように一筋の道があった。


「アヤ、ここ来たことある……」

「やっぱり? ここは向こうとこっちが繋がる唯一の道だからね」

「向こう? こっち?」

「何でもないよ」


 彩芽はミオソティスに首を傾げたが、ミオソティスは微笑むだけで教えてくれはしなかった。


「この道に沿って歩いていけば、お母さんに会えるよ」

「ほんと?」

「うん。僕は行けないから……頑張ってね」

「ミオ来ないの? 何で?」

「ごめんね、行けないんだ」


 不安そうに聞く彩芽にミオソティスは困ったように笑う。


「振り向いちゃいけないとは言わない。戻って来ちゃ駄目だよ」

「ミオともう会えないの?」

「そうだね。でも大丈夫、きっとまた会えるから」

「うん……」


 目に涙を浮かべて、彩芽は大きく頷く。

 涙は彩芽が一人になった時より多く、今にも溢れそうな程で、本当に短い時間だったのにこんなにも涙を浮かべてくれるのかと、ミオソティスは嬉しくなった。


「最後に……いいかな……?」

「なあに?」

「僕の名前、ミオソティスって言ったけど嘘なんだ……。本当の名前はれん……蓮って、言うんだ」


 俯き、悲しい笑顔を浮かべながら言うミオソティスに彩芽はキョトンとしたが、笑って言う。


「どっちもいい名前。でも、アヤはれんの方が好きだよ! 綺麗!」

「……ありがとう」


 蓮は安心したような笑みを浮かべた。

 すると突然、マリーゴールドの花畑に強い風が勢いよく吹く。

 風に乗って花弁はなびらが舞う様は、幻想的で美しく、まるで御伽おとぎの国にでもいるようだった。

 しかし蓮は急ぎ、慌てて言った。


「彩芽、走って!」

「う、うん!」


 彩芽は言われるがままに道に沿って走り出す。


「じゃあね、彩芽!お母さんによろしく!」

「蓮くん、バイバイ!」


 だんだん強くなる風で声は聞こえずらく、花弁で姿が見えずらくなっていく。

 彩芽が振り返ると、そんな中蓮は何かを叫んでいた。


「彩芽……! 君……お母さん……ずっと……から……! 彩芽……さん……き……! ……」


 うまく聞き取れなかったが、彩芽も蓮に精一杯叫ぶ。


「アヤ、蓮くんのこと忘れないよ! 絶対、絶対忘れないよ! ……お兄ちゃん!」


 次の瞬間、風は花弁と共に渦を巻いた。

 彩芽は渦と共に花畑から姿を消し、蓮は先ほどのことを思い返す。

 最後に彩芽が言った言葉。

『お兄ちゃん!』

 おそらく偶然に言ったものだろう、しかし嬉しかった。

 蓮は歓喜あまりその場に崩れ落ちて嗚咽する。


「彩芽が……僕のことを……ぐっ……うぐっ……会いに来てくれて……ありがとう、彩芽……」


 目から溢れた涙は止めることもできず、ポロポロと流れ落ちる。

 はっきり聞こえた彩芽の言葉は、蓮にとってどの言葉より大切なものになった。




 目が覚めると、そこはマリーゴールドの花を最初に見つけたところだった。

 どうしてお兄ちゃんと言ったのだろう、そんなことを考えたが、あの時はなぜか言わなきゃいけないと思った。

 解らないからと考えるのを諦め、起き上がって周りを見渡す。

 緑の葉が風に揺れる大きな桜の木下で咲良がレジャーシートに座っているのが見えると、やっと帰って来たんだと気づき、彩芽は咲良の元へ走って行く。


「お母さん!」

「どうしたの彩芽。遊びに行ってたんじゃなかったの?」

「行って来たよ! 冒険!」

「そう、よかったわね」


 優しく笑う咲良の顔は蓮を連想させ、彩芽は蓮が花畑で言っていたことを思い出す。


『彩芽、きっとまた会おう! 君とお母さんのことをずっと見守っているから! 彩芽、母さん……ずっと、ずっと大好きだから! 忘れないで……!』


 あの時はっきり聞こえなかったはずが、今は何故か鮮明に思い出せた。


「お母さん」

「なあに?」


 覗き込む彩芽に微笑みながら聞く咲良。


「蓮くんがずっと見守ってるって。だからその子は大丈夫だよ!」

「えっ!?」


 彩芽は咲良のお腹を撫でて言った。

 咲良は彩芽が言った聞き覚えのある名前に、驚きを隠せず声を上げる。


「あとね、お母さんとアヤのことずっとずっと大好きだって!」

「彩、蓮ってどこで聞いて……!」

「忘れないでって言ってたよ。それだけ! あっちで遊んでくるね!」

「彩芽!ちょっと待ちなさい……!」


 話を聞かず、声も届かず彩芽は遊具広場のほうに走って行ってしまう。

 彩芽を止めようと伸ばした手をゆっくりと下げ、咲良は静かに涙を流した。


「ずっと……ずっと見守っていてくれたのね……蓮……。忘れるわけ、ないじゃない……」




 彩芽が小学校を卒業した頃、咲良は彩芽が五歳の時に行った公園での出来事を聞いた。


「公園で言ってた蓮君って覚えてる?」

「蓮君だよね……ミオ……うん、覚えてるよ」

「そう……」


 そう言って咲良は蓮の話をし始める。

 蓮とは彩芽の実の兄で、彩芽が一歳の時に父と共に交通事故で亡くなり、その時蓮は十五歳、とても短い一生。

 こんな短い時間ときで亡くなってしまう命では無かったのに、と咲良は長い間悲しんだという悲しい話だけではなく、蓮は優しく、笑顔の絶えない子で、好きな花はマリーゴールドで花言葉の中には悲しいものもあるが、太陽のように明るいオレンジが大好きだったと言う話や、妹想いで、彩芽のことが大好き、彩芽の世話も、慣れないながらも丁寧にやってくれていたという思い出話。

 一時期咲良が母親離れかなぁと悲しんだこともあったが、蓮がお母さんも大好きだよと言ったことで解決したという変な話までも聞いた。

 彩芽と咲良が大切で、蓮は置いて行ってしまったことを気に病み時々暗い顔をしていたのだと彩芽は気がつく。

 その日、彩芽はマリーゴルドの街の思い出をたくさん話し、咲良は蓮が生きていた頃の、そして父である三椏みつまたの話をした。

 彩芽の父である三椏は、美しい咲良に一目惚れし、一途に恋をしていたが、付き合うと決めた時は振られても諦めずに想いを伝え、今ではお互いに愛し合い、咲良は今でも三椏一筋だと言う話を咲良から聞く。

 両親の名前の由来が花だったことから、一家全員、花が由来の名になっている。

 母が咲良で桜、父が三椏、兄が蓮で彩芽が菖蒲あやめ、生まれて来た弟、蓮華れんげ蓮華草れんげそう

 蓮華の名は咲良が付けたもので、蓮華草の花言葉は『あなたと一緒にいると苦痛が和らぐ』。

 誰かと一緒にいたら、その誰かの肩を支えられる優しい人になって欲しいと言う意味で付けたもの、兄の蓮から名をもらい、蓮の分まで大きくなって欲しいと言う意味も込めた名前になっている。

 今弟はその名の通り、優しい子に成長していた。

 中学の登校初日、彩芽は成長する自分に気持ちを固める。


 蓮が人に自慢できるような人になろう、未来を意味する花言葉のこの名に恥じぬ人生を送ろうと。


 ふと見上げた空は青々としていて、太陽は眩しい。

 まるで、蓮が好きなマリーゴールドのように。


「行って来ます」


 小さく呟いた言葉に、行ってらっしゃいと蓮が返してくれたような気がした。








金盞花きんせんか(マリーゴールド )の花言葉・・・ 変わらぬ愛

菖蒲の花言葉・・・ よい便り(メッセージ)、希望

蓮の花言葉・・・ 清らかな心、離れゆく愛

桜の花言葉・・・ 優美な女性、純潔

三椏の花言葉・・・ 永遠の愛、肉親の絆

蓮華草の花言葉・・・ あなたと一緒にいると苦痛が和らぐ

ミオソティス(勿忘草ものわすれくさ)の花言葉・・・ 私を忘れないで

※他にもありますが、ピックアップしたのはこの物語に使った言葉です

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