沈んだ人形

くるくま

沈んだ人形

すこし、昔話をしよう。


俺は、10年前に地方の大学の、工学部を卒業した。大学の授業は眠かった。教員はみな自分の分野のことをペラペラとしゃべっていたが、その話の内容は何一つ理解できなかった。途中からは、こんな授業に出ても時間の無駄だと思ってバイトをしていた。


テストは、同じクラスの人のノートを借りて、一夜漬けで乗り切った。レポートも、友人に見せてもらって適当なことを書いておいた。


まあ、俺の時代の大学生はみんなそんなもんだったと思う。誰もまじめに授業を聞く奴なんていなかったし、課題もお互いに答えを写しあいながらなんとか単位を取っていた。


卒用論文のテーマも、よく覚えていない。たしか生産工学か何かのことだった気がする。


大学をギリギリの成績でなんとか卒業して、大学院に入った。大学のころよりは勉強した気がするが、よく覚えていない。


なんとなく大学院を卒業して、なんとなくダブリュー工業に入った。


ダブリュー工業は、消火器だとか、防災用品だとかを手掛ける堅実な企業だった。


入社してから3年、俺はとある救命胴衣の設計を任された。


入社してからも遊びまくっていた俺には、わからないことだらけだった。それでも、先輩に相談したり、会社にある資料を参考にしたりしながら、なんとか救命胴衣のようなものを完成させた。


救命胴衣の試作品が完成して、性能試験がとりおこなわれた。


ちょうど社長が救命胴衣の市場に興味をもっていたころで、試験には多くの社員が見物に来ていた。


社長と、多くの重役が見守る中、俺が設計した救命胴衣は、空気が入れられてふくらまされた状態で、ダミーの人形に取り付けられてプールに放り込まれた。


オレンジ色の救命胴衣を着けた人形は、水に入ったあとくるりと回転すると、そのまぬけな顔を社長や重役に見せつけながら沈んでいった。


すぐさま原因究明が行われ、俺の設計が悪かったことが突き止められた。


俺は、クビになった。






幸いなことに、エス社が俺を拾ってくれた。


それから、もう5年がたつ。


エス社には感謝している。これからも、ずっと貢献していこうと思っている。


そうそう、俺の今の仕事のことも話しておこう。


あまりペラペラとしゃべりすぎてもよくない気がするが、まあ、ここならいいだろう。


俺は最近、ハーネスの設計をしている。


こんなハーネス使う企業なんてあるのかと思いながら設計していたが、先日、遊具で有名なティー社が採用してくれることになった。聞いたところでは、ジェットコースターのハーネスとして使ってくれるらしい。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

沈んだ人形 くるくま @curcuma_roscoeana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ