第84話一八二九年、カムチャッカ確保

「殿、カムチャッカの露国兵を捕虜にしました」


「艦艇は拿捕できたのか」


「大丈夫でございます」


「幕府に開戦は露見していないか。

 御府内の噂は大丈夫か」


 俺の決断によって露国との戦端が開かれたが、無人の野を行くがごとく一方的な勝利の上に、その情報は松前藩内で収まっている。

 カムチャッカと江戸ではあまりに距離が開いているのと、動員している兵が俺に忠誠を誓っている若党鉄砲組だからだ。

 彼らには、占領した土地が若党鉄砲組の知行地になる事が知らせられているので、それこそ命懸けで進撃していた。


 それだけではなく、拿捕した露国艦艇を松前藩が買い取り、その報奨金は拿捕作戦に参加した兵士に公平に分配されるので、水軍兵も必死で戦っていた。

 お陰で進撃速度が早く、拠点を維持するのも不退転の覚悟で行っていた。

 一旦土地を確保して野戦陣地や出城を築城した若党鉄砲組は、家族や縁者を呼び寄せて、必死で土地を確保しようとした。


 俺の政策により、極寒の地でも大麦やライ麦、ジャガイモや大豆が育つ事が分かり、しかもそれが商品作物として高値で売買される事が分かっているので、武士の根本である一所懸命を、若党鉄砲組単位で証明する現象だった。


 また蝦夷樺太で商場や湊の停泊料が利益になる事を学んでいたので、民間人を無暗に殺したりはせず、働き手として領民になるように説得していた。

 現地の人達も、俺との取引で利益をあげていたし、米や小麦を食べるためには、松前藩と取引しなければいけない事をよく知っていた。


 いや、彼らが何よりも恐れていたのは、松前藩と敵対する事で、高アルコール濃度の蒸留酒が手に入らなくなる事だった。

 松前藩が彼らの狩り集めた俵物を高価に買い取り、彼らが必要とする穀物と蒸留酒他にも衣服や日用品も取引している。

 それらの商品は、ロシアのヨーロッパ方面から取り寄せるよりも、松前藩から購入する方が安価で品質がよかった。


 それだけの前提があって、カムチャッカの民は松前藩の領民になる事を決断したが、これによって松前藩が集められる俵物の量が飛躍的に増えた。

 更に言えば、日本中の商人が蝦夷樺太の商場にまでしか行けないのに、松前藩水軍所属の北前船や西洋帆船は、千島やカムチャッカの良質な俵物を独占する事ができたので、莫大な利益を確保することになった。


 もちろん、ロシアの現地軍やコサック騎兵が無抵抗だったわけではない。

 彼らは命懸けで戦い、時に奇襲もしかけてきたが、ドライゼ銃で武装した若党鉄砲組とは、根本的な戦闘力が違っていた。

 いや、若党鉄砲組に配備されていたのはドライゼ銃だけではなかった。

 大鉄砲や大筒が配備されていて、それを使って散弾を放ったので、負ける気配が全くなかった。


 その結果、点と線ではあったが、カムチャッカ半島は松前藩の支配下となった。

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