第98話一八三一年、異国船との戦い

 史実では、天保二年(一八三一年)二月十八日に、突然ウライネコタン沖(前世の浜中湾羨古丹)に、外国船が出現したのだ。

 しかも二十日には乗員が上陸して、近隣の空き家などに放火している。

 この事件は松前藩の詰め所のある厚岸に届けられ、詰所の役人や弓矢や馬の達者なアイヌなど四十五人が現地に向かっている。

 双方で鉄砲を撃ち合う戦闘となり、十七日間もの断続的な戦闘とにらみ合いが続き、ようやく三月四日になって異国船が捕虜を返還して出航していった。

 前世で俺が集めた資料では、交戦相手を露国の船としているものもあれば、オーストラリアの捕鯨船「レディ・ロウェナ号」と書いてあるものもあった。

 他にも同じ年にフランス船が厚岸にやって来たという記録がある。


 俺は英国の植民地であるオーストラリアの捕鯨船「レディ・ロウェナ号」が正体だと知っていたので、戦いにはしたくなかった。

 それは仮想敵国をどこにするかの大問題だった。

 史実を知っていれば、一番の敵は露国で、二番目の敵は米国になる。

 露国は国境を接しているだけに、一番気をつけなければいけない相手だ。

 構想では、アヘン戦争で清国に味方して、幕末に清国が露国に割譲した沿海・アムール州、ハバロフスク地方を手に入れようと思っていたからだ。


 だからこそ、徳島藩の牟岐浦沖に現れたオーストラリア船を拿捕させたのだ。

 その船はキプロス号(サイプラス号)という囚人護送船だったのだが、囚人の一部が反乱を起こして乗っ取っていた。

 彼らは日本で奪った船を売り、偽名を使って米国に逃げようとしていたから、素直に受け入れれば、銅張の値打ちのある船を手に入れることができた。


 だがそれでは、英国と争いを起こしてしまう可能性があった。

 アヘン戦争中の英国議会では、アヘンのような悪質な商品を理由に戦争を起こしてはいけないという層が、半数近くいたのだ。

 だから、アヘン戦争で英国と争っても交渉の余地が残されているが、反乱を起こして囚人船を乗っ取った相手との交渉は、英国を完全に敵に回す可能性があった。

 だから拿捕して英国に返還もしくは売却をすべく、蘭国を通じて交渉している。

 

 レディ・ロウェナ号に関しても、日本の法律通り問答無用で撃払うのが、一番問題が少ないと考えていた。

 船の損傷修理のためであろうと、日本に上陸を許してしまっては、他の国も同じように上陸を図るようになる。

 ここは断固として撃退するように命じてあった。


 レディ・ロウェナ号に関しては、場所も日時も詳しく分かっていたので、三二ポンド長砲を六四ポンド長砲を事前に準備万端整えて迎え討った。

 予定通り、一斉射撃を受けたレディ・ロウェナ号は逃げ出し、事なきを得た。

 問題は詳細な場所と日時が分からないフランス船だった。

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