第87話一八二九年、シーボルト離日

「殿、シーボルト殿からの御礼状でございます」


 俺は、問題を起こして一旦日本を離れるシーボルトに、多くの贈り物をした。

 軍事機密になる物を持ち出そうとした事は許せないから、厳罰は仕方がない。

 だが、日本贔屓の彼には、これからも活躍してもらわなければいけないので、軍事上問題がなく、母国で莫大な金に換えられそうな、日本製の珍しい美術工芸品を沢山贈ったのだ。


 だが、当然、その分の見返りは求めている。

 欧米原産の、日本の役に立つ動植物の獲得だ。

 特に体格のいい軍馬、いや、輓馬がどうしても欲しい。

 蝦夷樺太の開拓に必要なのは勿論、蒸気機関車の鉄道を導入する前に、馬車や馬車鉄道を導入したいのだ。


 まあ、既に蹄鉄は俺の手で導入している。

 前世で少し乗馬をしていたから、乗馬用の馬具の事はよく理解している。

 いくら蹄が強いからといって、蹄鉄をせず草鞋を履いた馬では、とても騎兵隊用の馬には使えない。

 気性が優しく、力の弱い女性でも扱える対馬馬などは、農耕に使うには便利だが、蝦夷樺太で伐採した大木を運ばせるには力不足なのだ。


 それに、前世ではナポレオン三世から二四頭か二五頭の軍馬が幕末に送られているから、決して不可能な事ではない。

 まあ、今のフランスはルイ一六世による復古王政時代で、ナポレオン三世は亡命中でフランスにはいないけれど。


 俺のバタフライ効果で、フランスの歴史が変わる可能性もあるが、誰が権力を握ろうとも、黄金の国ジパング伝説は揺るがないと思う。

 ジパング伝説があったことで、西洋列強の植民地化から逃れられた一面がある。

 他にも国民の識字率が高く、武士という戦闘集団がいた事など、色々な面があるとは思うが、シーボルトのようにジパングに憧れる人間がいたことは、日本にとってとても大きな利点だと思う。


 アラブ種の馬と、ペルシュロン種やブルトン種を代表とする重種馬を輸入する。

 羊毛をとるための羊と、肉をとるための羊もできるだけたくさん輸入する。

 馬や牛を飼えない貧農のために、荷駄にも使え乳や肉や毛を利用できる、山羊も可能な限りたくさん輸入する。

 今も朝鮮や清国、沿海や露国から輸入をしているが、欧米の品種も確保したい。

 日本の風土に合った、いや、日本各地の風土に合った品種を集めたいのだ。


 その為にシーボルトと蘭国を利用する。

 俺が艦隊を海外貿易に使っているので、今迄ほど独占的な利益はないだろうが、それでも蘭国にとって出島での貿易利益は無視できないはずだ。

 ただで献上しろという訳ではない。

 適正な値段で輸入すると言ってるのだから、シーボルトの活躍次第では、こちらの欲しいものを運んできてくれるはずだ。


 何よりも欧米の情報が喉から手が出るほど欲しいのだ。

 特に戦争中の露国の情報がどうしても必要なのだ。

 そして欧州列強と露国がいがみ合うように、シーボルトには世論誘導してもらう。

 その為にシーボルトに莫大な贈り物をしたのだから。

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