第67話一八二七年、将軍後継者争い

「この通りでございます。

 どうか、家慶に将軍を継がせてやってください。

 この通りでございます、他の事は何も求めません。

 私は隠居して家基公の菩提を弔わせていただきます。

 家慶にも同じように家基公の菩提を弔わせます。

 いえ、子々孫々、決して忘れることなく、弔わせていただきます。

 だから、どうか御願い申します」


 徳川家斉が俺の前で土下座をしている。

 江戸城に残っている、家斉の子弟も全員深々と頭をさげている。

 よほど恐怖を感じていなければ、ここまでの事はできない。

 いや、正気であったのなら、現将軍が家臣に頭を下げ、敬語を使うなどありえない事だから、乱心しているのだろう。


 まあ、実際問題として、ここまでしなければいけないくらい、幕臣にも三百諸侯にも、一橋治済の血統は忌み嫌われてしまっている。

 どうにかするには、東照神君の巫覡である俺から御告げをもらうしかない。

 今の俺は、東照神君の巫覡として絶大な信用信頼がある。

 はっきり言えば、俺を次期将軍に望んでいる者がとても多いのだ。


 その俺が、徳川家慶を次期将軍と認めれば、幕臣も三百諸侯も表立って徳川家慶の将軍就任を反対できなくなる。

 松平定信には激烈に恨まれるだろうが、あいつはもう直ぐ寿命で死ぬ。

 そもそも大嫌いな松平定信に恨まれようが、なんの痛痒も感じない。

 下手をしたら刺客を送ってくるかもしれないが、その時は躊躇うことなく族滅させてやるから、むしろ望むところだ。


 だが本当の問題はそんな事ではない。

 俺が少々の混乱を覚悟で将軍の位を望むのか、家慶が一橋慶喜を後継者に願った時期まで待って、混乱させることなく将軍職を継ぐかだ。


 問題となるのは、この状態では家斉の子供達が養子として嫌われてしまい、江戸城内の残ってしまうという事だ。

 そんなことになってしまったら、徳川家定が将軍を継ぐのに不適格であっても、徳川家慶の弟の誰かに将軍職を与えようとする者が現れるのだ。


 誰だって欲望があり、将軍の外戚や側近になりたいと思うのが普通だ。

 徳川家慶の弟達の外戚や側近達も、何もせずに人生最大の機会を逃したりはしないだろうから、激烈な後継者争いになるだろう。

 その時に俺が狙われるのは必定だし、その時に今ほど神懸かり的な信用信頼があるとは限らないのだ。


 さて、本当にどうすべきだろうか。

 個人的な損得ではなく、日本の将来にとって、俺が何時将軍の座を狙うのが一番いいのかが、正直全く分からない。

 黒船や欧米列強に対処する方法は色々考えていたし、幕府を動かす方法も考えていたが、東照神君の巫覡となってここまで権力を掌握するという想定は、前世の仮想戦記ではしていなかった。

 正直どうすべきか悩んでしまう。

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