第68話一八二七年、家斉子弟の処遇と父祖の暗躍

 俺は一生懸命ありとあらゆる可能性を考慮した。


 史実通りに、徳川家斉の子弟達の多くが死んでくれたとしても、幾人かは生き残り、俺が将軍位を継ぐのに大きな障害となるはずだ。


 家慶が死ぬ時まで生き残っている弟で一番問題なのは、史実で俺が生きていたころまで血統が続いていた、十五男の松平斉民だ。

 津山松平家の養嗣子になっているが、最も気をつけないといけない。


 阿波徳島藩に養嗣子に行った二十三男の斉裕は、多少精神的に弱い所もあるが、名君だったと記憶している。

 こいつの扱いにも気をつけないといけない。

 

 紀州徳川家を継いでいる七男の徳川斉順は、強制的に義父の徳川治宝に隠居させられる可能性が高いから、何か手を打っておくべきだな。

 徳川治宝に隠居させられなくても、一八四六年には死んでしまい、家斉の二十一男で弟の徳川斉彊が紀州徳川家を継ぐのが史実だが、まず間違いなく歴史は変わる。

 でもまあ、斉彊も家慶より先に死んでしまうから、監視させるだけでいい。


 同じように家慶が死ぬより先に死んでしまうが、十二男の徳川斉荘は尾張徳川家を継げなくなったから、田安徳川家を継いだ後にどう処遇するか気をつけよう。

 

 後の家斉の子供達はどうとでもなる。

 問題は紀州徳川家と水戸徳川家の扱いと、井伊家の処遇だ。

 西欧列強が日本に圧力をかけてきた時に、俺の邪魔をする奴は早目に潰しておかないと、後で後悔しても遅いのだ。


 色々と考えたのだが、それは、下手の考え休むに似たりだった。

 俺のが考える事には、大きな穴があった。

 自分の父親と祖父が、何を考えどう行動するかを、全く考慮していなかった。

 既に根回しを終え、俺が逆らえない状況になっていた。

 凡百の才能しかない俺に、軍師などできるはずがなかったのだ。

 俺が有利に物事を進められるのは、史実を知っているからだ。

 史実と違う流れになった状態で、適切に対処する才能などなかったのだ。


「巫覡殿、ここは順当に内府様に将軍になっていただきましょう。

 一旦家臣に下った者に将軍家を継がせるわけにはいきません。

 東照神君が決められた将軍家を継げる者は、尾張徳川家か紀州徳川家だけです。

 八代様が決められた定めでは、田安と一橋と清水です。

 巫覡殿が東照神君の御告げを得られない以上、三卿家から選ぶか、内府様に将軍家を継いで頂くしかありません。

 それとも東照神君の御告げがありましたか。

 あるのならそれを御教えください、巫覡殿」


 参りました、味方だと思っていた父上と御爺様に計られました。

 尊王の水戸家に生まれ、尊王を建前に将軍職を狙った尾張徳川家の藩祖、徳川義直の「王命に依って催さるる事」という言葉が、ここで祟るとは思ってもいなかった。

 俺は徳川義直が、本心から尊王だったとは思っていない。

 将軍家にとって代わって天下を取るための建前だと思っている。

 だがそれを、父上と御爺様は真に受けてしまっている。

 最悪の状態だった。

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