第38話一八二六年、薩摩藩島津家対策三

「父上、御手数を御掛けしてしまい、申し訳ありません」


「なあに、これも尾張徳川家当主の役目よ。

 源之助が気にすることではない。

 余だけではないぞ、父上も八面六臂の活躍をしてくださっている」


 有難い話である。

 父親や祖父が、子や孫のために動いてくれるのは当然かもしれないが、前世の記憶があまりに鮮明なため、俺には父親や祖父という意識が希薄なのだ。

 全くないわけではなく、義理の父や祖父という感覚だと思う。


 父と祖父は、島津重豪、島津斉宣、島津斉興の三人と個別に会って、内々で幕府の考えている処分を伝え、謀叛に走ることなく処分を受けるように説得してくれた。

 実際には幕府の考えた処分ではなく、俺の考えた処分だけどね。

 それにその処分は、三人の態度によって幅を持たせてある。


「それで、三人の態度はいかがでございましたか」


「上総介殿はなかなか豪胆だが、少々考えが甘く、未だに茂姫を通じて上様を味方に付けられると思っている」


 なるほどね、島津重豪が相手だと内乱も覚悟するべきだな。


「修理大夫殿はどうでした」


「薩摩藩の事を心配していたな。

 言葉の端々に父親に対する恨みが含まれていた。

 刃傷沙汰になれば、幕府に御家取り潰しの口実を与えるから、上総介殿を殺すような事はしまいが、豊後守殿の事を心から心配しておった」


 なるほど、島津斉宣は息子の島津斉興を愛し心配しているのだな。

 だが、島津重豪を暗殺するのは悪手だと理解できるだけの理性と知恵がある。


「では豊後守殿はどうでしたか。

 幕府の仕置きに従いそうですか」


「厳しく出れば従うだろう。

 忠孝の精神もあるのだろうが、父親を無理矢理隠居させた祖父の言いなりになっているくらいだから、力ある者に逆らわないだけの分別はあるのだろう。

 祖父を恐れたのか、幕府を恐れたのかは別にしてだが」


 確かにその通りだな。

 島津斉宣と島津斉興には理性と分別があるのだろう。

 法理を説き、武力差を見せれば、国内を荒らすような内乱は起こさないだろう。

 問題は島津重豪だ。

 島津重豪は豪放磊落な性格で、気宇壮大な戦略を組み立てるが、その分細部が杜撰で、助けてくれる家臣がいなければ全てが破綻してしまうだろう。


 だとすれば、最悪の場合は島津重豪を追い込んで内乱を越させ、島津斉宣と島津斉興に鎮圧させる。

 薩摩藩の藩士同士で殺し合わせて、六万兵とも言われる家臣団を潰し合いさせてから、松前藩士と幕府軍で止めを刺す。

 いい実戦訓練にはなるだろうが、ひとつ間違えれば幕府の威信が地に落ちる。

 正直な話、難しい決断を迫られるな。

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