第27話一八二五年、巫覡として。

「巫覡殿、東照神君は如何に御考えなのだろう。

 余はどうすればいいのだろう」


 うっとうしい話だ。

 俺は堅苦しい礼儀作法が大嫌いなのだ。

 醜い身内の争いに加わる気など全くないのだ。

 父親が徳川家基を殺し、それを知りながら将軍位を継いだことが苦しいのなら、とっとと隠居すればいいものを、酒池肉林の贅沢三昧に暮らしているから、何時までも自責の念から逃れられないのだ。


 まあ、でも、半ば狂気に捕らわれた人間に、そんな事は言わない。

 言えば乱心して俺を殺そうとするかもしれない。

 数え年六歳の俺では、遊び呆けている半狂人とはいえ、本気で殺そうとする大人から逃げる力などない。


「それは上様が御考えになるべき事です。

 家基公を毒殺した父を見逃し、将軍の位を盗み、徳川幕府を立て直そうとした田沼意知と意次の親子を見殺しにして、幕府を存亡の危機に追い詰めた上様です。

 東照神君が天罰を与えず見逃しているのは、死ぬまでの行いによって地獄に落ちてから与える罰を決める御心算だからです。

 人の意見通りにして、責任から逃れようと考えても無駄でございます」


 つい言い過ぎてしまう。

 俺は前世から徳川家斉と一橋治済が大嫌いなのだ。

 

「余は、余はそれほど東照神君から憎まれているのか。

 御告げも頂けないほど憎まれているのか」


「よく御考え下さい。

 爪の先に火をともすように節約をして軍資金を蓄え、齢七十を越えてようやく豊臣家を滅ぼし、天下泰平を成し遂げられた東照神君でございますよ。

 上様の酒池肉林の贅沢三昧を、どれほど憎しみの籠った眼で天界から見続けておられるか、お分かりになりませんか」


「ひぃいいいい。

 御許し下さいませ、お許しくださいませ、御許し下さいませ」


 天井に眼を向けて本気で謝っている。

 家基公に対する自責の念と祟りに対する恐怖、何より東照神君に対する恐れで、正気を失っているのだろうな。

 俺はこんな風に心を病みたくはないから、全ての決定と責任は家斉に取らす。

 俺は何も言わないで、自責の念を抱かずに済むようにしよう。


「父上は幽閉した。

 余も贅沢は止める。

 尾張藩も尾張徳川家に返す。

 だから東照神君に許して下さるように御伝えしてくれ。

 頼む、巫覡殿」


「それは私に言われても不可能でございます。

 東照神君からは御告げが下されるだけでございます。

 私ごときが、東照神君に何かを御願いすることなどできません。

 上様は御自身の御考えで、責任を持って決断されて下さい。

 それによって、上様と御子孫の方々の死後の暮らしがきまります」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る