第21話一八二四年、食欲

「弾左衛門、分かったか、これが肉を美味しく食べるための方法だ。

 余に献上する肉は、これからこのようにして処理するのだ」


「承りました。

 これからはそのようにさせていただきます」


 俺は食欲に負けて、肉を喰うことにした。

 この時代の人間が低身長なのは、肉を喰わなかったからだと俺は知っていた。

 できれば高身長になりたかった。

 それに、食肉獣を飼う事で、東北や蝦夷樺太の農民は収入が増える。

 戦国時代のように軍馬を育成する事で、東北諸藩の財政がよくなるかもしれない。


 いや、そんな理想論ではなく、単に美味しい肉が喰いたかったのだ。

 だから、斃牛馬の処理を独占していた弾左衛門に、血抜き法を教えたのだ。

 今江戸に出回ってる獣肉は、血抜き処理がされていないので、恐ろしく臭いのだ。

 それは江戸時代に牛の屠殺と牛肉生産を唯一公認されていた、彦根藩が作る薬用牛肉「反本丸」も同じで、味噌で血の臭みがある程度消されているとはいえ、前世で美味しい和牛を食べていた俺には、どうしても臭気が気になる。


 まあ、建前としては、蝦夷樺太の開発には、牛馬が必要不可欠だった。

 それと、どこにも負けない美味しい薬用肉を、松前藩の特産品にするのなら、今から牛馬は勿論、豚や猪、山羊や羊を準備しておく必要があった。

 特に粗食に耐える山羊は、乳や毛を利用できるし、荷物を運ぶのにも役に立つ。

 蝦夷樺太の開拓に赴く者には絶対に貸し与えたい家畜なのだ。


 俺の指導で血抜きされた猪肉が用意された。

 内臓は丁寧に何度も水洗いするように指導して、穢多に試食させる。

 俺も食べたかったのだが、流石に祖父と父に止められた。

 大名である祖父と父は、反本丸を食べた事のあるので、俺が精肉を食べる事は止めなかったが、内臓を食べるのは大反対したのだ。


「弾左衛門、後で舌だけは絶対に届けるのだぞ。

 血抜きに成功したら、舌はとても美味いのだ。

 血抜きに失敗しても、胡麻油を使って弱火で煮たら、とても美味くなるのだ。

 分かっているな」


「は、お任せください」


 牛馬と山羊羊は、蝦夷樺太開拓用にするから、殺して食べるわけにはいかない。

 だが、山で狩る事のできる猪なら、食べても問題はない。

 血抜きが前提だから、生け捕りにしなければいかないので、普通にけだもの屋に並んでいる猪よりは高価だが、臭い肉など喰いたくないので仕方がない。

 弾左衛門の話では、けだもの屋で食べる肉は、どれも大体同じ値段だそうだ。

 猪も鹿も熊も、小皿五十文、中皿百文、大皿二百文で売られているそうだ。

 小皿、中皿、大皿に盛られている肉の量が何グラムあるのかは分からないが、腹一杯美味しい熊肉が食べたいものだ。

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