第20話一八二四年、予言。

「父上、また東照神君の御告げがありました」


「なに、また御告げがあったのか。

 分かった、父上と一緒に登城しよう」


 俺が東照神君の御告げだと言うたびに、物々しさが増している。

 まあ、今のところ全てが的中しているので、当然と言えば当然だ。

 問題は今回の御告げが的中しないかもしれない事だ。

 地震や疫病は、俺が御告げしようと発生してしまう。

 だが、大火の御告げは、知った人間達が気をつけたら、未然に防げるのだ。

 その事をはっきりと申し上げておかなければ、俺の名声に傷がつく。


 単なる名声なら、傷がつこうとどうでもいい。

 だが、これから黒船などの欧米列強を迎え討つなら、名声信望はどうしても維持しなければいけない。

 しかし、その為に、家財を失って焼け出される人を見捨て、火事で亡くなる人を見殺しにはできない。

 俺の神経はそんなに図太くはできていないのだ。


 だから俺は祖父と父に護られて江戸城に登城した。

 東照神君が、気をつければ未然に防げる災害を教えてくれたので、それを守り災害を発生させないようにしろと、繰り返して伝えた。

 徳川家斉だけでは頼りないので、徳川家慶と全幕閣、該当地域の藩主、信濃飯田藩第十代藩主の堀親寚と、出羽米沢藩十一代藩主の上杉斉定にも強く伝えた。

 だが、火事は場所を特定できるが、暴風雨は特定の藩主に注意する事はできない。


 俺が予言した災害の一つは、信濃飯田の箕瀬町で床屋を営む岡田屋金之助、彼が持つ庄吉という者が住んでいる借家からの大火災だ。

 一つは出羽米沢の粡町にある、煙草屋亥ノ子屋久七の家の釜土からの大火事だ。

 最後の一つは、人知の力では避け難い、台風による暴風雨災害だ。

 俺の記憶では、東日本全体に被害があったはずだが、鮮明に場所を覚えているのは、陸奥国安達郡の湯日温泉が土石流に巻き込まれた事だ。


 俺の予言は、三百諸侯に真剣に受け取られた。

 何と言っても、何度も御告げで未来の出来事を的中させているのだ。

 それに予言されるのが東照神君としているから、対策を取らなかったら、東照神君を蔑ろにしているという事になり、幕府から厳しい御咎めがあるのは明白だ。


 だから必死で対策が取られ、火事は未然に防がれることになった。

 信濃飯田の火事は、俺が出火元まで覚えていたので、岡田屋金之助の借家からは住人が追い出され、役人が厳重に見張っていたので、火事は起きなかった。

 出羽米沢の火事も、俺が出火元まで覚えていたので、その日亥ノ子屋は火を使う事を禁止され、火事は起きなかった。

 俺は自分の記憶力に感謝した。


 だが、台風による風水害は防ぎようがなかった。

 しかし、それがまた、俺の名声を日本中に広めることになった。

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