無人駅のたった1つのベンチ

誰よりも知っていた。

誰よりも解っていた。

浅ましい自分の心、嘆かわしく見苦しい自分の心を

僕はその心を覆い隠すために、口先だけの甘言を弄んだ。

自分の浅ましい心を、誰にも知られないように。


その日の朝、僕は高校には向かわず、駅の柵を飛び越え列車に乗った。


そして、知らない街の知らない無人駅で降り、


その駅に1つしかないベンチに座り時間を潰した。

冬の太陽は、僕の体を少しだけ暖めてくれた。


太陽が真上に昇り始めた頃、


見ず知らずの制服の、見ず知らずの女子が、


僕の隣に腰掛けた。


彼女の目には涙が溜まっていた。


面倒な泣いてる女・・・

僕はその場から離れようとしたが、自販機もトイレも無い無人駅。

田畑が広がる中に、線路と駅の標識、そしてたった一つのベンチ。

僕に逃げ道など無かった。


僕が戸惑っていると、


彼女の目蓋が支えていた涙が零れ落ちはじめた。 


僕は仕方なく口先だけの甘言で、


隣に座る見ず知らずの制服の彼女に心にも無い言葉を掛けた。


しかし、彼女は泣き止むどころか、とうとう声を出して泣き始めた。


僕にはもうどうすることも出来ず、頭上の冬の太陽を目を細めながら眺めた。

冬の太陽は夏の太陽と違って、優しく暖かい。


どのくらい時間が経ったのかは覚えていない。

遠くから列車の近づく音が聞こえたときには、彼女はもう泣き止んでいた。


列車が駅に着くと彼女は立ち上がって、列車に乗り込んだ。


そして、列車のドアが閉まる前に、僕に向かって

「ありがとう。」

と言った。そして、列車ドアは閉まり列車は駅を発車した。

 

僕は安堵のため息をついた。

 

太陽が沈みかけると僕は列車に乗り込み、


いつもどおり高校に行ってきたかの様に家に帰る事にした。


「ありがとう。」


僕は列車の中で、彼女が最後に言った言葉を、繰り返してみた。  


僕の口先だけの言葉が、


導き出した彼女の美しい声と美しい言葉。


僕は混雑し始めた列車の中で、ため息をついた。



おしまい

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