下準備
蒼はゼファーに地上へ送られ、欲望に満ちた笑みを浮かべながら家に帰った。その後、穏やかな眠りについた。すでに、幸せを感じていたのだ。
翌日、目が覚めたのは太陽が南の空を過ぎた辺りであった。外から聞こえる喧騒に耳が苛立ちを覚えて目を開けた。圭吾、匠、美紅、実乃利の四人が行方不明になっていて、大騒ぎしていたのだ。試しに外へ出てみる。
「蒼、圭吾たちがどこにいるか知らない?」
蒼の母が尋ねる。
「知らない」
あくまでも、知っていることは口に出さないつもりだ。
「東与賀先輩! お姉ちゃんは! お姉ちゃんはどこに行ったんですか!」
実乃利に似ている少女が涙目で問いかける。蒼はその様子を嘲笑うように見下ろし、彼女の頭に手を置いた。
「俺が探してくるからさ、心配するなって。存美ちゃんだって、大切な人がいなくなったら何をしてでも探すだろ?」
「うん」
「身を粉にしても探すさ。だから、おまえも命を賭けてでも探してごらん。絶対に見つかるから……な」
蒼は笑いを懸命に堪えて、考えを悟られぬように努めた。こいつ、騙されているとも知らずに、ここまで真剣に人の話を聞くなんて……。本当にお姉ちゃんが大好きなんだなぁ。まぁ、俺の愛には勝てないだろうけど。心の中では、こんなにまで薄汚いことを考えていた。
「……わかりました。ありがとうございます、東与賀先輩」
まだ幼さの残る少女は、蒼の言葉の意味を考えることなく頷いた。他の親たちも、お騒がせしてすみませんと言って帰っていった。
蒼に与えられた能力。それは、自分の言い分を肯定する、もしくは、自分のお願いを実行しようとした人物に、不幸を吸収する『種』を植え付ける能力だ。
この『種』を植えられた人は、不幸を全て吸い取られ、幸運になれる。不幸の量が一定値まで溜まると、植えた人の元へと帰ってくるという仕組みだ。
夜になり、ゼファーの降臨する時間がやってきた。部屋の窓に広がる夜景が普段の何十倍も美しく感じられた。今まで、自分を押し殺して生きてきたが、それも今日でおしまいなのだ。
『さぁ、時間ですよ』
精神世界というべきか、現実とは異なる場所にゼファーはやってきた。そして、ゼファーは蒼の体を操って自身の首を締めた。
『地獄で、二人だけの世界を作る上で必要なものを仕入れておいてください。まぁ、簡単に揃えられるなんて思わないことですね』
ゼファーに首を絞めるように指示された体は、すでに蒼の言うことを聞かなかった。段々と意識がなくなり、視界が狭まる。苦しくて暴れようとしても、体は微動だにせず、歯がゆいだけであった。
気づいた時には不思議な世界にいた。
***
ゼファーは蒼の提案した場所で、そこに合う物に擬態した。というよりも、元々あった物に意識の一部を憑依させた。魔物に準備させた匠と美紅への脅しも上手く働き、早速、狩りを始めた。
一部には幸福を与えて、一部には不幸を与える。このバランスが安定するだけで、飛んで火に入る夏の虫が大量発生した。
闇夜に浮かぶ真紅が輝く星々を背景に咲き誇り、耳の中でこだまする金属音が静寂を破る。鐘は芸術的な作品を欲望のままに食べ尽くした。
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