強欲の神


 どうして、触れることすら躊躇してしまう美しさに対してここまで悲惨なことができるのか。それはやはり、人間に対する怒りが関係しているのだろうか。


 徐々に穴の数が増してゆく。生命を削られている。雨のように血が降り注ぐ。この血が、あの愛おしい実乃利のものであると考えるだけで全身が震え、心の奥底から愛が溢れてしまう。


 膝が地に着き、続いて手も落ちて四つん這い状態になってしまった。普段からクールを気取ってる蒼でも、この時ばかりは脱力感と敗北感に押し潰されてしまったのだ。


「は、ははははは、もういいや」


 脱力感と敗北感が一周回って諦めと憎悪に変わった。蒼は不敵な笑みを浮かべたままゆっくりと立ち上がり、髪をくしゃくしゃにして、怒りのこもった目で魔物を睨んだ。そして。


「死ねぇぇぇ!」


 そう叫びながら魔物に向かって走り出した。もちろん、魔物に復讐できるほど、自分が強いと過信したわけでも、何かしらの作戦があるわけでもない。ただ、自分も実乃利と同じような最期を迎え、一刻も早く同じ場所へ行きたかった。そのための挑発である。


「ここまで強欲な人がいるとは」


 魔物が実乃利と同じように、鋭利な爪を突き刺そうとした瞬間、魔物と蒼の間に誰かが現れ、そいつは魔物の爪を素手で、蒼の体を魔術の原型である神の力で止めた。


「東与賀蒼、君はまだ死ぬべきではない」


 蒼は立ち止まり、あまりの威圧感に思わず一歩引き下がった。人間とはかけ離れた雰囲気をまとい、魔物の恐怖にも勝る殺気を感じた。


「私、ゼファーと申します。この名前、聞いたことありますよね?」


 蒼はゼファーという名に反応して、余計に恐怖を覚えた。


 蒼たちの住む街の周辺に代々伝わる神様で、悪魔とも言われるほどの強欲さを持ち、自分の目的のためならば、犠牲も惜しまない。そんな神様がどうしてこんなところにいるのだろうか。それ以前に、ゼファーは危険だとみなされて封印されていたはずだ。


「知ってるのですね。私、ある程度なら心の内わかるので。まぁ、単刀直入にいうと私にその力をください。そして、私の復活に協力してください」


 悪魔と呼ばれる神様に協力するくらいなら死んで実乃利の元へ行きたい。


「あぁ、そうですか。そうですよね。何かしらの見返りを用意しなければなりませんよね。では、福地実乃利と2人きりの世界で永遠を得るなんてどうです? 素敵でしょう?」


「ふ、二人きり……?」


 心が揺らいだ。なんせ、見てるだけでも罪意識があり、触れるなんてもってのほか。そんな愛する女性と二人きりになれるなんて、考えただけで興奮してくる。


 あの純真な瞳を、純白の肌を、純粋な心を、独り占めにできる。あの美しく整った芸術作品を遠慮なく見つめられるなんて、命が何個あっても足りないだろう。


「……具体的に、俺は何をすればいいんですか?」


 ゼファーは協力体制になった蒼の強欲さに思わず笑ってしまった。


「ふふふ……。私はね、人間の持つエネルギーによって、いろいろな技を使えるわけですよ。できるのならば、不幸を知る人間を食べたい。そこで、あなたにちょっとした能力を与えます。あ、生き残ってるお二人はどうします?」


「ゼファー様の餌にする……なんてのはどうですか」


 蒼の考えは、完全に自己中心的になっていた。


「そうだな、それより、私の餌捕りの手伝いをしてもらおうか。その前に、拠点をどこにするか、だ」


 不幸な人が集まる場所……逆に言えば、幸せになれる場所。


「いい案じゃないか。では、明日の夜に君の体に憑依するから、それまで地上に出ていてくれ」


 ゼファーは指を鳴らし、蒼を地上にワープさせた。


「さて……」


 隣にいる魔物に匠と美紅を先に拠点へ連れていかせ、餌捕りの準備をすることと、圭吾の始末を頼んだ。魔物は言われた通り、匠と美紅を拠点に待機させ、圭吾を喰った。


 魔物は、ゼファーから送られる人間の不幸を餌に、地下で生きていくことを命じられた。自分たちの信じる神様の命令なので、嫌な素振りも見せずに、頷いて他の仲間にもそれを伝えた。

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