拡大構造
@yugamori
友達っていろんな意味で大切ですよねー。
「なにやってんだよ?」
リクトの言葉にカイが振り向いた。ソファに片足を乗せて、手には文庫本。
「読書」
「本なんて読まない奴だと思ってたよ」
「最近読むようにしてんだよ」
そう言ってカイは文庫本に目を落とした。
「なんでまた読むように」
「読んでなかったから」
リクトの言葉にカイは当たり前のように言葉を返した。カイは特になにも思わなかった。いままでやったことのないことをカイはいつもする。それが人がやっていようがやっていなかろうが関係なく、カイがやっていなかったことがすべてそうだ。
カイはお世辞にも本を読むような知的な雰囲気のやつではない。それこそ高校の今では落ち着いたが。中学時代は喧嘩に明け暮れ、学校でも家でも粗大ゴミ扱いだったという。それもカイにとっては刺激を求めていたというだけのことで、ほかの刺激があれば喧嘩でも暴走行為以外でいいと気づいて、高校ではとんと落ち着いてしまった。それこそ中学3年で勉強が刺激だと気づいてからは、猛勉強して地元とは無縁の進学校に進んでリクトと出会った。それでもカイに知的な雰囲気が携わっていないのが、カイの不思議なところだった。
「そういやこないだから将棋も始めたっつってなかったっけ」
「んー。ルールは覚えたな。定石ってのをいま手つけ始めてる」
「ボクシングは?」
「動画見ながら毎朝基礎トレはしてるぜ」
「なんか昨日帰りの本屋で料理の本読んでなかったか?」
「めっちゃ見てるじゃねえかスゲえなおまえ」
カイが顔を上げてリクトを見た。けれどリクトにとっては、カイがすごいやつだった。なんでも新しいものを始める。新しいことを始めるのはエネルギーの要ることだ。
リクトは小学校低学年から野球をやっていて、その特待生としてカイと同じ学校に入った。勉強もそれなりにはできるし、友達も多い。けれどリクトはどこか物足りなさをずっと感じていた。満たされた生活は小学校中学校と続いていた。部活での成績、勉強の成績、家や学校での評判、男女問わず友達も多い。順風満帆。それがリクトにとっては満たされながらも、それゆえにつまらない日々でもあった。
刺激がない。だがそれは、カイと出会ってその理由がはっきりとすることになった。リクトは同じことを繰り返していた。だからこそ安定もしていたが、それゆえに不安定にはならず、揺らぐこともなく、まるで約束された未来にただただ向かうだけの、なんの刺激もない日々をリクト自身が作り出していた。
カイは違った。刺激が足りないなら、自分で作ればいい。欲しているなら、自分で与えればいい。カイはリクトにとって、初めての刺激といえる存在だった。
「文字読み慣れてねえとしんどいなこれ」
「読みなれりゃすぐだぜ」
「もうちょい辛抱するかー」
そう言ってカイは手にしていた本をソファに投げた。昔話題になったライトノベルを読んでいたことに若干リクトは驚いたが、読みやすいものから入った方が早いと思ったのだろう。それにしてもアニメ調の表紙がどうしてもカイのイメージとまるで合わない。本人はそれすらも新鮮だと思って楽しんでいそうだが。
「これアニメ化もしてんだろ」
「そうらしいけど」
「見てみるか」
「言うと思ったわ」
ひみつ道具が出るアニメ以来アニメなんて触れたこともないだろうに。そう思いながらリクトは笑った。
「んだよ」
「クソほど似合わねえなおまえにアニメって」
「似合う似合わねえなんてどうでもいいわ」
「一緒にみねえか?」
「おっ」
カイが珍しそうにリクトを見た。
「そうおまえが言うのがなんか珍しいわ。映画以外見ねえやつだと思ってた」
「たまには違うのみるのもいいだろ」
カイがニヤニヤと笑った。リクトもニヤッと笑った。
アニメなんてガキが見るものと思ってたけど。そういうのも悪くねえ。リクトは文庫本をカバンに入れるカイを見ながら、そう思った。
拡大構造 @yugamori
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