堀川戎神社①


 バイト終わり。夕日も沈んだ頃合いに、いつも以上に賑やかな商店街へ向かった。

 ただ、賑やかさにつられて、行こうと思った。十日戎というお祭りに参加してみたいと思った。二年越しのお楽しみを、やっと回収しようと思った。

 通りなれた商店街を、曲がる。薄暗い路地が、露天で賑やかに彩られていた。その明るさに、胸が踊る。露天の種類なんて、今さら珍しいものもないのに、クレープにたこ焼きに唐揚げを見つけては、にやにやした。そんなことをしていると、高架下まですぐに着いた。

 信号を待ちながら、辺りを窺う。たぶん、もう見えるはずなんだけど。そう思って円を描くように視線を巡らせたけど、神社は見当たらなかった。その代わり、左の歩道に人の列ができているのを見つけた。何かの催しがあるのだろうか? なんて首を傾げていたら、信号が青に変わった。

 人の列を目で辿りながら、横断歩道を歩く。人の列は一つ向こうの横断歩道を、スタッフの指示に習って流れていた。横断歩道を渡りきる。人の列は、今度はこちらに向かって伸びていた。その数多の視線がこちらを見ている。吃驚してはじめて、彼らをジッと見てしまっていたことに気づいた。そして彼らが、参拝のために並んでいることに気づいた。

 人の列は、赤い鳥居に続いている。

 待てない。

 すぐに思った。仕事疲れもあって、列に並ぶほどの情熱はなかった。いつの間にか歩きすぎ、もう一つの鳥居の前まで来てしまっていた。境内が見える。どう見ても、人で溢れかえっている。通勤前のホームを思い出して、ああ、あの中には入りたくないなと思ってしまった。

 私は小さく黙礼をすると、踵を返した。

 帰ろう。今度、絶対また来ます。

 後ろ髪をひかれる思いで、信号を渡る。沈んだ気持ちが、露天の明るさに惑わされて、上向きになる。私は近くのベビーカステラのお店に足を止めて、お財布を取り出した。


「これ、ひとつください」

「何個入りにしますか?」


 そこではじめて、個数販売であることに気づいた。慌ててしまって、三回ほど「えっと」なんて繰り返してしまった。


「じゃあ、10個で!」

「うち、12個入りからなんだけど」

「あ、すみません! 12個で!」


 ベビーカステラの甘い匂いに、また心が踊る。笑顔がこぼれて、すぐにお財布で口元を隠した。長財布で良かったと、笑みが深くなった。

 赤い紙袋を受け取って、私はスキップしたい気持ちを抑えながら、帰路に着いた。



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