京都・豊国神社


 六波羅蜜寺から歩いてどれくらい経っただろう。

 小道を進んで、大通りを横切って、住宅街をさらに進んだ。道中のカフェや和菓子屋さんに立ち止まりそうになりながら、自制の先にたどり着いた京都・豊国神社は、階段の先にある。


「階段が重い」

「足に来る~!」


 腰が曲がる私とは違って、遥は声を弾ませた。


「なんでそんなに楽しそうなの?」

「なんでそんなに苦しそうなの?」


 数段先を行く遥は振り返った。満面の笑顔で。私は会話を続ける気力もなくて、ただ階段を上る。遥が言及してくることもなく、私たちは無言で幅広い階段を上りきった。


「城の跡地みたい!」

「だね」


 息も切れ切れに登り着いた先には、青空が広がっていた。


「なんか、背中が暑くなってきたね! 太陽が出てきたね!」

「良かったね。小雨やんで」


 雲の隙間から覗く太陽に、湿った服が照らされる。私は大きく背中を反らして、腰を伸ばした。「おばあちゃん」なんて言って冷やかされたが、いつものことなので気にしない。

 私の回復を待つ遥は、右から左へとキョロキョロと視線を巡らせた。視線が動く度に、体も揺れる。端から見ると、小躍りしているようにしか見えない。


「社務所、行って良い!?」


 遥が指した先には、社務所とおぼしき建物があり、そこには数名の参拝客がいた。外に並べられた授与品を眺めていた参拝客の一人が、遥の声に振り返っている。私は彼女に黙礼すると、人差し指をたてて、遥に静かにするよう促した。

 腰を拳で二度叩いて体を整える。今度は目をキラキラさせて私の返事を待っている遥に向けて、首を縦に振った。一跳ねして軽い足取りで社務所に向かう遥の後ろを、ついていく。


「あった! コレコレ」


 一足先に社務所に着いた遥が、また大きな声をあげる。他の参拝客に微笑まれているが、遥は全く気にしてない。私はまた黙礼をすると、遥の背中を小突いた。


「見て!」

「ああ、トイレに落としちゃったってやつ?」


 遥が手にしていたのは、和紙のような袋に入ったブレスレットだった。二色の紐で繋げられたブレスレットは、数種類あり、遥が手にしていたのは白と紫のものだった。


「罰当たりだよね~! 嫌なことが起こるんじゃないかと思って、ハラハラしたよ!」


 先月返納したブレスレットを懐かしむように、遥は手の中の授与品に笑いかけている。私は遥の元から離れて、授与品を眺めていく。

 長机の上には、刀剣と瓢箪を用いた授与品や、昔ながらのお守りが並んでいる。端には箱が並んでいて、色物のおみくじが四種類あった。天然石に勾玉に。おみくじを吟味していたら、腕を引っ張られた。


「参拝に行こう!」


 そのまま引きずられるようにして、拝殿に行く。お賽銭いれて、二礼して、二人で辺りを伺った。他の参拝客の邪魔にならないことを確認すると、顔を見合わせて頷いた。


「良い仕事が見つかりますように!」

「店長が移動になりますように!」


 お腹から声を絞り出して、大きな声になりすぎないように、声を張り上げる。そして一礼して、拝殿を後にした。


「店長の移動って、仕事運関係ある?」

「出世には関係あるかもじゃん!」

「いや、あんたアルバイトじゃん」

「そうだけども!」


 足並み揃えて、社務所に向かう。


「まだ上手くいってないの? 店長と」

「いってないね! 全然! 反り合わないんだもん!」


 今日のウキウキ感のまま話す遥に、愚痴られてるのかどうか判断がつかない。


「バイト、楽しい?」


 とりあえず、聞いてみる。


「店長が休みの時はね!」


 にこにこ笑顔で遥は返事した。私は少し考えて、励ますことにする。


「良かったね。反りが合わないのが店長だけで」

「良い風に捉えればねっ!」


 社務所の授与品を前に、遥は仁王立ちして意気込んだ。吹きでる鼻息が見えそうなほどだ。そういえば、今日の計画を練っている間も、遥はなにかと仕事運だ出世運だと言ってた気がする。元々の目的は、六波羅蜜寺だったにも関わらず。


「今日、すごく意気込んでたのはソレのため?」


 それがまさか、店長の移動を願うためだったとは、思いもしなかったけど。

 さっきまでのウキウキ感はどこへやら。私の問いかけに、涙目になった遥が、悔しそうな顔でこっちを見た。


「だって、もう神頼みしかないじゃん!? 私、ただのアルバイトだもん!」


 苦笑で返すと、遥に顔を反らされた。そして遥は勢いまかせに、授与品をひっつかむ。振り回された腕に、私は一歩退いた。目前には、出世運を願うお守りが。


「だから、店長の出世を願いに来たのよ! そして、ついでに私の平穏を願いに来たのよ!」


 私は遥の腕をゆっくりと横にずらす。


「ああ、それなら叶えてもらえるかもね。それ、買うの?」

「買わないっ!」


 荒々しい声とは違って、遥はそっとお守りを返した。そして肩を落としていた。お土産に店長に買って帰れば? もしかしたら、仲良くなれるかもしれないよ? なんて言おうとして、ふと思い出してしまった。


「さっき、移動って言ってなかった?」


 良きことを叶えてくれる神様に、出世を叶えてくれる神様に。遥は左遷をお願いしていた気がする。


「神様ってさ、分野があったよね? 出世の神様って、左遷系のお願いは苦手なんじゃないの?」


 遥のハッとした顔に、思わず笑いそうになって、唇を固く閉じた。


「もう一回、参拝してくる!」

「いってら~」


 遥の意気込みに、堪えきれず吹き出してしまった。

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