地主神社②
頭上から降ってくる豆に、目を瞑りながら、手を伸ばす。
好奇心から紛れ込んだ人混みで行われたのは、節分行事だった。数列にならんで頭を垂れ、正装した巫女さんが祓串を振り、鈴をならし。配られた人形の紙で厄よけを行ったりした。
そして、最後の演目は、節分らしい豆まき。神主さんたちが撒き、空に舞うお豆さんに、私と未久は今、夢中になっている。
押しつ押されつ豆を掴んでは、空を仰ぐ。それをいくらか繰り返すと、豆はなくなり、人々がちりじりに散っていった。
私たちは余韻に浸って、境内の端で手にした豆を食べることにした。
「まさかの節分だったね」
「忘れてた」
今日が節分であることに気づいたのは、豆まきという言葉を聞いてからだった。年齢分のお豆を掴むことはできなかったが、片手を塞ぐ豆を食べ尽くす。
「喉が乾いたね」
「豆は喉が乾くよね」
「飲み物持ってる?」
「持ってない。自販機なかったっけ?」
「境内にあるもの? 自販機って」
なんて会話で本殿を通りすぎそうになって、慌てた。
「危ない危ない」
「一番大事! いや、私的にはお守りだけど」
息を整える。気持ちを落ち着けて、参拝する。
私たちはほぼ同時に顔をあげて、社務所に向かった。そこにはまだ人の壁があり、その先を覗くことはできない。
「どうする?」
一向に引きそうにない人並みに、未久に問いかける。未久はしかめっ面で体を揺さぶらせ、なんとかお守りを目にしようと試みている。見るからに背丈で負けているから、どうあがいても見える気がしない。
「横から攻めてみる?」
「みる!」
背後から割り込むことは無理と判断し、稲荷神社の方を指す。社務所の前の人の壁は、ある一定の場所を境に途切れていた。私たちはそこに向かって人混みを掻き分け、人の壁の端に立った。すると人の壁がお守りに向かって動いていく。その流れに逆らわずにいると、難なくお守りの前までたどり着くことができた。
先に着いた、未久の目が爛々と輝く。つられて、私の心も小躍りし始めた。お守りを目にして、心が舞い上がる。そして、すぐに静かになった。
縁結びのお守りは種類が多すぎて、何がどう違い、自分がどれに惹かれているのか、一瞬で分からなくなったのだ。
未久を見やる。どうやら未久も同じようだ。爛々と輝いていた目が、暗く濁っていた。
「何が、違うの?」
「さあ?」
お土産を選ぶ時とは違うテンションの低さで、未久は声を震わせた。真剣なんだな、と思った。いや、お土産選びも真剣なんだろうけど。まるで崖の縁に立たされているような面持ちに、真剣度の違いを感じた。巫女さんにその違いを聞いてみようかと思ったが、手が空く暇はなさそうで、目すら合わなかった。未久も同じように考えたようだが、同じように諦めて、ただお守りを見つめていた。
そうやってただ悩んでいる間に、あれよあれよと壁の端に追いやられる。
「次、また一緒に来てくれる?」
「もちろん。私もまた来たい」
呟かれた未久の言葉に、呟きで返す。そして私たちは何も手に出来ないまま、地主神社をあとにした。寂しさに、風がさらに冷たくなった。
しくしくと下山する私たちに会話はなく、拝殿を見つけて参拝して、人が来たら避けて進んで、音羽の滝まで来てしまった。
「懐かしい。修学旅行のとき、並んだなー」
「どれ飲んだの?」
「覚えてないけど、一つしか飲んじゃダメなんだよね、確か」
「どれが何だっけ?」
「覚えてない。調べたらネットに書いてそうじゃない?」
三つの滝に並ぶ列を横目に、先に進む。
「あ、自販機発見」
「え? 飲み物買おう」
真っ赤な姿に喉の乾きを思いだす。自販機の前に立つと、未久はすぐ温かいお茶を買った。ガコンと音をたてて落ちてきたお茶を取るために、未久が屈む。ふと、ガウンのフードを見やる。
真っ暗な包みの中に浮く、一粒の白。いや、肌色。
「うぎょ」
フードに手を突っ込むと、未久が奇怪な声をあげた。
「見て。豆が入ってた」
「ほんとだ。って、どうしたら良いの」
取り出したお豆を渡すと、未久は手のひらのお豆とにらめっこを始めた。どうやらフードの中に入ったお豆は食べる気にならないらしい。
「持って帰る?」
「ただ腐るだけじゃん」
私が笑いながらお茶を買っている間も、未久はお豆とにらめっこをしていた。
「捨てるのも、なんだか悪いよ」
「そうだね。どうする?」
「うーん、考える」
未久はお豆を掴むと、足を進めた。
「そういやお守りのご利益ってさ、探したら出てこないのかな?」
「あ、出てくるんじゃない!?」
私は片手の塞がった未久の代わりに、スマホを手にする。ネットを開いて、地主神社を検索した。
一つ一つのお守りに対して、丁寧な説明文が書かれているのHPを見つけた。身に付け方も記載されている。
「戻る?」
「いや、もう出口だよ」
数メートル先の出口を見つめて、二人して佇む。そして、来た道を振り返る。雀が二羽、砂利道にとまった。未久は静かに、お豆を投げた。それを雀はつつく。
「出よう」
「お土産買いに行こう」
清水寺をあとにして、坂を下る。
お土産を買って、少し観光して、休憩がてら近くのカフェに立ち寄る。
「え? 胎内巡りなんてあるの? 行きたい!」
「濡れ手観音様あるって。次は参拝しよう」
「あ、出世大黒天像、参拝してる」
「なんで! 私してない!」
抜かりない旅路に向けて、私たちは下準備を始めた。
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