湊川神社
神戸駅を降りて徒歩で約10分。いや、そんなにかかっていないかもしれない。
秋口だというのに日射しは半端なく、少し歩いただけでどっと汗が吹きでた。暑さのせいで、たった数分をいつもより長く感じている。一人で寺社巡りを始めてそれほど経っていないが、今後、9月の参拝は控えようと思った。焼けるような日差しに対抗しうる体力は、私にはない。
信号を待っていると、僅差で信号を渡りきった中学生のグループが神社を目前にして立ち止まっているのを目にした。神戸駅からずっと目の前を歩いていた、修学旅行生とおぼしきグループだ。もしかすると目的地は同じかもしれないと思っていたのだが。信号が青に変わり中学生の横を通ると、ここじゃないとかなんとか言いながら、ワイワイと私とは逆方向に進んでいった。私は1人静かに、表門を前にする。
湊川神社は楠木正成公という武将を祀っている。ご利益は厄よけと開運、だったと思う。ご利益よりも、楠木公が智・仁・勇の三徳を備えた人格者だったという書き込みの方が記憶に残っている。ともあれ、始めてくる場所だ。今の私は、ネットや本で得た知識程度にしか、この神社のことを知らない。
楽しみなのは、ここからだ。
神社に足を踏み込めば、象牙色の大きな鳥居に迎えられる。そこから始まる真っ白な境内の風景に、息を飲んだ。風景の広がりや肌で感じた空気感は、ネットや本では得られない。私はこの感覚を知るのが何よりも好きだった。
真っ白というのは、もちろんイメージの話だ。全部が全部、白色な訳じゃない。空気がそう感じさせているのかもしれないし、汗に吹く小風がスッキリとしたさっぱりとしたそんな白い空気感を、醸し出しているのかもしれない。
歩いていると、いろいろなものが気になったが、横目をふらず、前を見据えてまっすぐに拝殿に向かった。
二礼二拍手一礼。お邪魔しますの礼節。
私は参拝を終えると、今度は社務所に向かった。その階段で、端と気づく。
しまった。小銭に崩すの忘れてた。
道中コンビニにでも寄って何か買わなければと思っていたのを、すっかり忘れてしまっていた。朝から何も食べていなかったから、必要だろうとも思っていたのに。
再度お財布の中身を確認する。もしかするとお腹を空かせた私の見間違いだったかもしれない。が、やはり札しか入っていない。仕方なく自販機を探す。確か、先ほど見かけた気がする。辺りを窺いながら歩を進めると、社務所を越えた何かの建物の入り口に、自販機が二つ並んでいるのを見つけた。少し悩んで私はパック飲料の自販機に決め、イチゴミルクを購入。これで多少はお腹も満たされるはずだ。
崩したお金を手に、再度社務所に赴く。記帳してほしいページを開き、巫女さんに御朱印をお願いした。
「記帳できましたら、お呼びします」
聞きなれた言葉に頷いて、私は社務所の横手に控えた。社務所の横には、赤い敷物が敷かれた椅子が何脚か置かれている。手前の長椅子に腰かけた。少し離れた場所では、おじさん2人が歓談していた。様子から見て、地元の人のようだ。
私はパックが温くならないうちにと、手にしたピンクのパックにストローをさす。朝からなにも食していなかったお腹に、イチゴミルクの甘さがしみた。ほどなくして巫女さんに呼ばれ、御朱印を受けとりに行く。
御朱印帳を手に椅子に戻り、しばし御朱印に見とれる。たかが文字と思う人もいるかもしれないが、私にはここに清らかな空気が流れているような気がしていた。その空気を吸い込んで、そっと閉じる。折れ曲がったりしないように気を付けながら、丁寧に鞄にしまった。
帰る前に自販機に立ち寄る。横に備え付けられたゴミ箱に空のパックを捨て、行きと同じく、ちらちらと目を右往左往させながら来た道を戻る。道中、赤い鳥居の列を捉えると、駆け足でそちらに向かった。
赤い鳥居の列は、稲荷神社の象徴だ。その赤い鳥居の前で、お辞儀する。今まで参拝した神社には必ず稲荷神社があった気がする。何か理由があるのだろうか。今度調べてみよう。なんて思いながら、私は建物内に足を踏み入れた。
湊川神社のお稲荷さんは、建物の中にあり、天井から無数の赤い提灯が吊るされていた。白に内包された赤。赤が白を支配することはなく、また白が赤を押さえ込むわけでもない。なんだが、優しさが滲んでいるような、そんな雰囲気があった。今までの稲荷神社とは違った雰囲気だ。
全身の筋肉が絆されるのを感じながら参拝をすませると、私はもう一度、赤を見渡した。見とれてしまう。穏やかで色鮮やかな景色。
ふいに、左側の赤提灯だけが、風もなく揺れた。
なぜ、左側だけ? 建物のなかなのに。
なんて疑問が頭をよぎったが、すぐに、ネット動画を思い出した。
“これは、歓迎の証です。”
嬉しくて、泣きそうになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます