満足稲荷神社

  阪急河原町から平安神宮に歩いて向かう途中で、満足稲荷神社を見つけた。


「満足で稲荷って、すごく縁起良さそうじゃない?」

「稲荷って悪い話も聞くけど?」

「でも、私、氏神さまがお稲荷様なんだよ」

「それは縁起良さそうだわ」


  とりあえず、目的地であった平安神宮を先に参拝することにして、私たちは満足稲荷神社を眺めながら歩を進めた。

 道を忘れないよう、なるべく分かりやすい道順で進む。そのおかげで息をするように迷子になる私たちが、初めて来た道を帰ることに成功した。途中、消防車の車庫入れという貴重なものも目にすることができたので、万々歳だ。

 辿り着いた稲荷神社の前では、おじいさんが花壇の端に座り休憩していた。

 鳥居の前で立ち止まり、中を窺う。

 正面に建物が見える。が、どう見ても拝殿とは思えなかった。どちらかと言えば社務所のようで、その手前にある壁面が拝殿のように見えた。

 私は鳥居を見上げ、周囲を伺う。おじさんが、私たちをにこやかな笑顔で見守っていた。


「どう見ても正門じゃないよね?」

「多分。向こうに回ってみる?」

「それが正しい気がする」


 さらに来た道を帰り、すぐ手前の角を恐る恐る覗く。何も分からず、覗き込んだまま1・2歩進むと、鳥居を確認することができた。

 それは拝殿の正面に位置すると思われ、堂々としていた。石柱もあるし、これは間違いないと顔を見合せ頷いた。

 石でできた鳥居を潜り、手水舎で手を清め、今度は朱色の鳥居を潜る。見渡せば、境内を一望できた。

 本殿の前、神社の中央に位置する場所に四角い舞台がある。その奥には外国人のカップルがいて、首から下げたカメラを見ながらなにやら笑いあっていた。

 並んで待つために舞殿を沿って進むと、その外国人とすれ違った。どうやら彼らは社務所に向かったようだ。


「社務所、開いてないね」

「今日はやってないのかもね」


 お守りは外に出ているがケースの中に入れられており、その奥にある襖は閉まっていた。

 私たちは拝殿の前で立ち止まり、どちらからともなく一礼すると賽銭を投げ、お鈴を鳴らした。いつも通り、2人並んで参拝する。

 顔をあげ次はどうするか話そうと歩美の方を見た。


「さっきは開いてなかったよね?」

「本当だ」


 歩美は振り返り、社務所に外国人がいて、何やら神社の人と話しているのを捉えたようだ。

 きっとインターホンか何かで呼び出したに違いない。ご用の方はインターホンを、なんて張り紙をよく目にする。


「先に御朱印もらいに行こうか」


 あとでまた呼び出してしまうよりも、今同時に終えた方が良いかと社務所に向かう。

 外国人が去ったのと入れ替わりに、御朱印をお願いする。

 待っている間、目下に広がるお守りたちに目を奪われた。

 ザ・お守り的なものもあれば、その神社特有のお守りもある。その神社でしか見かけることのできないお守りには、いつも心奪われてばかりだ。だから私の鍵にはたくさんのお守りがついている。それを歩美に信仰上良いものなのかと問われることもあるが、今のところ不幸に見舞われたことはないので大丈夫だと思っている。


「お守りって、ここから取って良いんですか?」


 御朱印が書き終わるのを待って、聞いてみる。お守りはそれぞれ、小さな蓋付きのアクリルケースに入っていた。


「仰っていただければ、こちらでご用意しますよ」


 じゃあと、私は木札のお守りを指差す。


「出世開運?」

「うん。飛躍のお守りだって」


 狐が跳ねている姿が焼き印されたお守りには、長い紐がついており、首にかけられるようになっていた。


「何?悩みがあるなら聞くよ?」

「私のじゃなくて、弟のだよ」


 確かに転職したいとは思ってるけど! なんて言葉は飲み込んだ。これはあとの話のネタにとっておこう。

 歩美はそれなら良いけどと言って、それ以上追求してこなかった。


「じゃ、私は飴にする」

「御神酒飴? なんか良さそう」

「ねー。内側から浄化されそうじゃない?」


 歩美の言葉に私も欲しくなったが、予算の関係で諦めざるを得なかった。

 今日はこれから京都観光をする予定だから、早々にお金を使えない。


「あとは」

「おみくじだね」


 視線を左にずらし、い並ぶ陶器の白きつねおみくじを見やった。

 歩美はそれはそれは陶器のおみくじが大好きで、家の神棚付近に飾ってあるという。私は一番に目のあった子に決める。歩美は何やら1つ1つの顔を覗きこんで決めていた。

 授与して頂いたものを鞄に納めようと横にずれると、境内図が描かれたチラシがおいていた。歩美の分も頂いて、手渡す。

 歩美の背後で、どこからか現れた青年が、神社の人に何やら質問していた。歩美は隠れるそぶりもなく、その会話を眺めていた。


「このおみくじ、右と左があるみたい」

「え? 気づかなかった」


 私たちは境内図を見てまだ参拝を終えていない末社にむかい、そのあとにもみの木を眺めて岩神様に参拝した。

 岩神様への参拝は並んで行うのは難しそうだったので、一人ずつ参拝することにする。岩神様をさすった手で治したいところに触れると良いようで、欲張りな私は三ヶ所ほどさすってみた。最後の1つは歩美にも知られたくなかったので、行儀悪いと思いつつもすれ違い様に触れる。


「今、どこ触った?」

「秘密!」


 隠し事に目敏い友達は、なかなかに厄介だ。

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