壬生寺③
「社務所、どこだろう」
水掛地蔵尊をあとにして、道を囲む建物群に目を向ける。人気がないというと聞こえが悪いかもしれないが、それだけの静けさに包まれている。境内を見渡すと、本堂に人影が見えるのだが、聞きに行くにしても距離があり過ぎた。途方にくれていると、服を引っ張られた。
「見て見て! 新撰組のお墓だって!」
壬生寺と書かれた提灯がぶら下げられた建物を指差して、真歩がはしゃいだ。真歩が歴史に興味のあるタイプではなかったと思うが、どうも違ったらしい。引きずられていくなかで新撰組の墓という言葉を目にして、やっと真歩と足並みを揃えることができた。歴史に興味はなくても、歴史上の人物の軌跡を目の当たりにできることが胸を踊らせた。あ、真歩も同じだ。と気づいた。
建物にまっすぐに入っていくと、小さな庭に出た。
「あ、近藤さん」
「え? そうなの」
「あれ? 違ったっけ? テレビで見ただけだからなー」
飛び石を進んで石像に近づくと、近藤勇と書かれていた。意外に厳つい顔だねなんて言いながら、銅像の前に二人で並んだ。大使の墓地を順に回って、看板の前に並ぶ。眺めているだけの私と違って、真歩は読み込んでいた。つま先立ちしたり、踵でたったりして、真歩を待つ。真歩がこんなに新撰組に興味があるとは思わなかった。
私たちの後ろを少年が一人、行ったり来たりをしている。たまにこちらを見ながら、建物に入ったり石像のところに行ったり。目が合って笑う。少年は笑ってくれなかった。
真歩が読み終わったようで一歩後ろに下がったので、後ろをついていくかたちで建物の中に戻った。
「下にも何かあるみたいだねー」
「行ってみる?」
地下に続く階段に二の足を踏んでいると、女性の二人組が入ってきた。どうやら親子らしい女性二人が、庭に続く入り口で立ち止まる。さっきまで人が居なかった売店に、人がいることに気づいた。
「どちらですか?」
やり取りをしている二人組の背中から、視線を上に向ける。書かれてある文字に息を飲んで、真歩と顔を見合わせた。
「ねぇ、お金、払うんじゃない?」
真歩の言葉に空笑いを返しながら、女性二人の後ろに並ぶ。
「すいません」
謝りながら、壬生塚と資料室の料金を払う。壬生塚はさっきお邪魔したので、地下にある資料室に向かった。地下は冷気と静けさに包まれていた。
壁際に置かれていた展示ケースの中には狂言の資料や仮面が飾られている。観音像もある。
「狂言って、見たことある?」
「テレビとかで? いや、ないかな。何となく知ってるけど」
真歩はいつから知識人になったのか。私のはるか後方を歩く真歩は食い入るように資料を見ていた。私は流し見同然だ。それでも資料室には底知れない感動が溢れていて、ちょっと触れただけの私にもその感動を味合わせてくれた。
真歩が満足するのを待って、一階に上がる。受付の人と目があって、なんとなく壬生塚に向かった。石像の前まで行って、さっき見落としていた壁際のテーブルに向かった。
「スタンプあるよ!」
「捺そう! 捺そう!」
某アニメの記念スタンプを見つけて、台紙に捺した。好きなキャラでもなかったが、居合わせた偶然にはしゃぐ。
台紙を鞄に直すと建物内の阿弥陀如来像を参拝して、さっきまで無人だった売店に寄った。
「あった!御朱印!!」
「新撰組のだ!!」
そこにあったのは、青色の御朱印帳だ。さすが新撰組ゆかりの地。御朱印帳には誠の字が刺繍されている。
「あれ?探してるのないね」
私が目的としている、壬生寺限定の御朱印帳は見当たらない。
「社務所じゃないと、ないのかな?」
「探そうか」
売店のお姉さんに一礼して外に出ると、私たちは周囲の建物に寄りながら門まで戻った。道中に、社務所はなかった。
「あ、地図あったよ!」
どうしようか困り果てて本堂を眺めていた私の後ろで、真歩が叫ぶ。境内図を見つけたようだ。
「本道の横だって」
近づくと真歩はすでに目的の場所を見つけていて、私に笑いかけた。
本堂への道をもう一度進みながら、自分たちの散漫さに笑い、社務所ではなく寺務所にたどり着く。まさか本堂横にも張り紙があったなんて。笑いは止まらない。
まるで一軒家の装いの寺務所に戸惑いながら、中に入る。玄関の前まで来てお守りや御朱印張を置いている小窓を見つけた。
でも、誰も居ない。
「すいません」
「押すんじゃない?」
「あ、ほんとだ」
小窓横にピンポンを見つけて、押す。音は私たちにも聞こえた。少しして、女性が来てくれた。
「限定の御朱印張ください」
御朱印もお願いすると女性は中へ戻っていった。次に女性が現れたとき、その手には、当たり前だが、御朱印帳が握られていた。
お金を払い、御朱印帳を受け取る。手にした瞬間、これまでにない興奮に包まれた。お礼を残して寺務所をあとにする。御朱印帳を胸に抱える私に、真歩は苦笑していた。
「お昼時だったね」
いつの間に時計を確認したのか。脳裏を昼時は避けること!というどこかのホームページの文面が過った。
「だね」
興奮が反省に変わって、舞い上がっていた自分にチクリと刺さった。
「お昼時にすいませんって、言えば良かったね」
「そだね。次は気を付けよう」
本堂を背に門に向かう。反省は勿論しているが、興奮を忘れたくない。私は手にした御朱印帳を、空に掲げた。
「お昼時かー! なんかまたお腹減ってきた!」
「さっき鳴ってたもんね」
「うそ! 聞こえてた!?」
「聞こえるよー、静かだったもん」
騒がしさを取り戻して、私たちはどこかに寄ろうと話し合う。お昼も大事だけれど、それよりも御朱印帳をじっくり眺めたかった。地蔵菩薩にあやかしに。あ、小さく新撰組も見える。そんな特別な御朱印帳を眺めたかった。そして、御朱印も。
それに、次の計画を立てたい。
そのときは、絶対昼時は避けよう! と腹の虫に誓う。
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