第7話 探偵への道のり
定期的にこのような無茶ぶりはあった。
身の丈にあってない冒険者クエストをやらせれたり、探偵のお手伝いとして過激派ギャング組織に単身で潜入させられたり。
それらに比べたら今回はだいぶマシな方だ。とミミィは思った。
それでも、ケルベロスが自分より強いことに変わりはないので、怖くないはずがない。
「ほらほら、ターゲットが向こうからきてくれたんだ。こんなチャンス二度とないよ頑張って」
「無理ですぅマーロのあにきぃ!」
ミミィは泣き叫びながら目の前を見上げる。
三メートルはある体高に太い四本の足。筋肉が盛り上がっている強靭な胴体からは三つの首がはえていて、それぞれが怒りの形相でこちらをみつめている。
ケルベロスは飛竜さえ補食するモンスターだ。
ミミィは絶望した。
目の前には凶悪な牙をちらつかせ、自分を睨むモンスター。後ろには慈愛の笑みを浮かべ背中を押してくるあにきぃ。引けど地獄、進めど地獄。まさに進退極まった状態。
どうすればいいか分からず、顔だけふりかえると、期待した目であにきぃが大丈夫だよとミミィをみつめている。
大好きなあにきぃが見ている、そう思うとミミィは震える足を無理矢理押さえて覚悟を決めた。
大丈夫! わたしは何度もピンチを切り抜けてきたと、両手でピチピチと顔を叩いて、ここを乗り越えたら甘いものを買ってもらうんだと気合いをいれる。
勇気をだして一歩前にでようとすれば、それに反応してケルベロスから動く気配を感じ取った。防衛本能で咄嗟に、いつも腰に差している短剣に手を伸ばしたが、スカッと空振りしてなにも掴むことができない。
ああ、そうだった。今朝そんなもの必要ないと取り上げられて事務所に置いてきたのだったとミミィはおくばせながら気がついた。
「あにきぃ、せめて武器のひとつでもないと死んじゃいます!」
このままでは本当に死んでしまうので、必死にお願いする。
するとマーロは仕方ないなぁ~と言って、辺りを見回して何かを見つけると屈んで地面に落ちていたものを拾い上げた。
「ほら、これを使っていいからね。ちゃんと頑張るだよ?」
ミミィはマーロから差し出されたものを無言で受け取りまじまじと眺める。
それは木の棒だった。なんの変哲もないただの木の棒。そんなはずはないと、隅から隅まで見渡してみたが、それは木の棒だった。
「・・・・・・・・・・あにきぃ、これ木の棒です」
「うん、見た目より固いからそれで殴っちゃだめだよ。犬がケガをしちゃうかもしれない」
そんな馬鹿な!? とミミィは信じられない気持ちであにきぃを見上げる。殴っちゃいけないなら何故渡してきたのか、ミミィには理解ができない。防御に徹しろというのか、こんな木の棒で・・・・。
そもそも、こんなので傷つくほどケルベロスは弱くないとアニマルサーチャーと呼ばれるほどのあにきぃが知らないはずがないのに・・・・きっとなにかの間違いだ。
ケルベロスは全身を包む鋼の筋肉が鎧となって体を守っている。むしろケガをするのは私のほうでは?と ミミィは自分の体を見下ろす。格上との戦いだというのに皮鎧すら装備していない。
筋肉が全然ついていないせいで、体はかなり細い。おまけにおっぱいも少ない。
おっぱいに関しては、よくあにきぃがおっぱいの大きい女を見つめているからミミィも大人になったら大きくなればいいなと思ってる。
「そんなに心配しなくても大丈夫さミミィ。こいつはラボラトリー動物園からたまたま脱走してしまった迷子のペットだよ?」
ミミィの心配を減らしてあげようと、マーロは余裕の笑みを浮かべて言葉かけるが、なんの効果も生まれない。
そもそもとミミィは考える。あそこを動物園だと本気で思っているのは、この帝都でマーロのあにきぃだけだ。
あそこはマッドなモンスター研究家、ミランダさんが経営する研究室で、動物園とは名ばかりの非常に危険なモンスター達が蔓延る、跳梁跋扈の魔境。それがラボラトリー動物園。
なんで動物園なんて名前がついているかといえば、ミランダさんがモンスターの研究をしつつ、さらにそれを一般公開して見学料をとれば、研究費も集まり一石二鳥! とかなりぶっ飛んだ発想から生まれたものだ。
当然危険きわまりないので、休日でも客はまるでいない。たまに冒険者たちが度胸だめしで訪れるくらいだ。
ラボラトリー動物園の中にはミランダさんすら手に追えないモンスターばかりで、よくこうして施設からモンスターがにげだす。
そんなガバガバか危機管理で研究室が潰されないのは、ミランダさんの研究が帝都も無視できないほど成果をあげているのと、あにきぃがこうして事件が世間に露見するまえに事前に解決するから。あにきぃほどの偉大な男になればモンスターも、そのへんの動物と変わらない。
まさに完璧きなヒーロー。憧れの存在。
いつかは自分もそうなりたいとミミィは思うが、しかし残念なことに自分まだその領域には程遠いところにいる。
だから、目の前のケルベロスに対峙するだけで、冷や汗が止まらない。あにきぃから受け取った木の棒を両手で握りしめ正面に構える。
ここまできたら、やるしかない。
どうせあにきぃは見逃してくれないと、ミミィは今度こそ腹をくくった。
一撃、いや三撃できめる。持久戦になれば体の小さな私に勝ち目はないと判断した。
そのためには手刀でケルベロスの後頭部を撃ち抜き、意識をかりとる必要がある。
ミミィは最初から全速力でいこうと、下半身に力をこめる。
スピードなら自信がある。きっとケルベロスにだって負けていない。
一度決断すれば行動するのみと、勢いよく前へ駆け出す。
ケルベロスは敵を捉えようと鋭い牙で噛みついてきたが、ミミィその攻撃を完全に読みきって避ける。続く二つ目の頭も回避し、最後の三つ目も地面すれすれまで姿勢を低くして掻い潜った。
これで懐に潜り込めると思った瞬間、ケルベロスの前足が頬を掠める。
かすり傷だが、血が頬を伝う。完全に油断したとミミィは反省する。目立つ頭部に気を奪われたせいで、足の攻撃に反応しきれなかった。無理矢理よけたせいで体の重心が崩れている。
バランスを崩したミミィ見て、捕まえたとケルベロスがにやりと獰猛な笑みをうかべる。そして、続けざまにもう一度前足の攻撃を上から振り下ろした。
間に合わない。そう感じたミミィは不安だったが持っていた木の棒を上に構えて防御の姿勢をとる。
これはあにきぃがくれた木の棒だ。
たしか、とても固いと言っていたし、あにきぃがそこらに落ちていた棒を適当に拾って渡してくるはずがない。
一瞬、手に持った木の頼りなさからくる不安感と、あにきぃへの信頼を天秤にかけたミミィだったが、敬愛するあにきぃの圧勝だった。
そして自分に言い聞かせるように、心の中で叫んだ。
あにきぃを信じろぉぉぉミミィィィィ!!!!!
結果、ミミィは地面に倒れふしていた。
無惨にもケルベロスの足に踏まれ身動きがとれず、目の前には真っ二つに折れた木の棒が転がっている。
そんなミミィを嘲笑うかのようにケルベロスがワオーン、ワオーンと吠えた。
「ウグッ、ウグッ、うわーんあにきぃの嘘つきぃぃ!ただの木の棒じゃないですかぁぁ!」
ミミィは大好きな、あにきぃの前で無惨に負けたのが悔しくて涙がとまらなかった。
「助けてくださぃぃぃ、あ゛に゛ぎぃぃ!」
「はぁ、何をやってるんだミミィ」
残念なものを見る目でマーロはミミィを見下ろして、ため息を吐いた。そしてミミィにつげる。
「いいかいミミィ。君は僕が渡した棒の使い方をまるで理解していない。これから手本を見せるからよぉく見ておくんだよ」
「・・・はいです」
すると、マーロはミミィと二人で座っていたベンチの前で靴を脱ぎ始めた。
「え、」
ミミィは驚きで声がでなかった。
凶暴なケルベロスを前に背を向けるどころか、靴まで脱いでなにをする気なのか想像もつかなかった。
靴を脱ぐとマーロはベンチに登りケルベロスの方に向き直る。
ケルベロスさえも目の前の男がなにをしようとしているのか理解でぎす注意を向ける。
だがマーロは獰猛なケルベロスから威圧を空気のように受け流し、片時も視線を外さず睨みかえすと、ゆっくりと動き始めた。
まずは右腕を頭より高い位置にくるまで開き、その後反対の腕も同じようにうごかす。両の手のひらは目一杯広げられていた。
その姿勢のまま、一度屈伸して、今度はピーンと完全に膝が伸びきるまで伸ばす。最後にプルプルと震えながらマーロは爪先立ちになって吠えた。
「キシャーーー!」
その瞬間、荒れ狂うような膨大な魔力が、撒き散らされた。
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