第3話 名探偵と美女

 地下へと続く階段を降りていくと、依頼人に指定された待ち合わせ場所『CAFE・BAR スミル』があった。


ドアを押しあけて中に入ると、ドアにぶらさがっていた鈴が左右に揺れて綺麗な音を鳴らす。周囲をざっと見回してみたけど、依頼人らしき人はいない。少し早すぎたようだ。


 僕は適当に時間でも潰して待つかと座れる席を探す。すると、カウンター席に色気を纏った女性がいた。背中が大きく開いたドレスを着て、くっきりと見える美しい背中のライン。それが、彼女の躰に無駄なものがついていない事を証明していた。

天井から吊るされているランプの光が、彼女の紫色の髪を輝かせる。


僕はハードボイルドな探偵だから、やましい気持ちなど一ミリもない。しかし、今後の勉強の為に彼女の隣に立ち、その躰を横目で眺めさせてもらう。細いだけではない。きちんと出るところは出ていた。それも僕好みの大きさだ。小さすぎず、大きすぎない。完璧だ。ハードボイルドすぎる。


ぜひ、我が探偵事務所で一緒に働いてもらいたい。

彼女は一人で優雅にコーヒーを飲んでいた。その上品な仕草から、育ちの良さが伺える。


 この光景に僕は父の言葉を思い出す。

 『もし目の前にいい女がいたらスルーしてはだめだ。どんな時代でもハードボイルドな探偵ってやつは美女と難事件から逃げやしないのさ』


 ふっ、と僕はニヒルに笑う。

ならば若輩ながら探偵業界に末席を汚すこの身として、選択肢はひとつしかありえない。依頼人が来るのが先か、僕が童貞を散らすのが先か、勝負といこうじゃないか。


 僕は彼女の隣に座り声をかけた。


「こんにちはお嬢さん」

「あら、こんにちは、お兄さん。私になにか用?」

「いやなに、小汚い場末のBARに似合わない美しい天使がいたので、つい声をかけてしまいました」


 そう言って、僕はできるだけ色っぽくウインクを添えて微笑んだ。

すると、パリンとグラスが割れる音が聞こえる。カウンターを見ると、そこには何故か青筋を浮かべて微笑んでいるBARのマスターがいた。


「大丈夫かマスター?」

「も、申し訳ごさいませんお客様。とてもを邪魔してしまって」

「あー、まあ。気にしないで。誰だってミスくらいするさ」


 すると、マスターの頭からピキィと脳の血管が切れたような音がした。多分、気のせいだと思うけど。


「お、お詫びにこちらをどうぞ。BARですがお客様にぴったりなスペシャルメニューをつくらせて頂きましたっ」


 さきほどよりもガタガタ震えて体調のわるそうなマスターが七色の毒々しいカクテルを差し出してくる。見た目だけで判断するなら、これは完全に毒だな。しかし、プロとして仕事に誇りをもっている筈のマスターがそんな馬鹿な真似はしないだろう。たいした失礼もしてないのに、ここまでサービスしくれるとはマスターはプロの鏡だな。中に々サービスがいきとどいてる。


僕は渡されたカクテルを失礼のないように飲み干した。


「うん、うまい。やるじゃないか」


「・・・・は?」


「もう少し見た目を整えれば最高の一杯だ」


「あ、ありがとございます?」


 マスターが信じられない者を見るような目で僕をみている。そんなにこのカクテルに自信があったのか?しかし見た目が悪いのは事実だ。


クスクスと笑う声がしたので隣を見ると、彼女が声を抑えて笑っていた。


「貴方って変わっているのね。面白いわ」


 僕が面白い?それはハードボイルドの間違いじゃないだろか。


「私知ってるわ、胸元に黒いバッチをつけてるから貴方って探偵なんでしょ。どんなことをしてるの、有名な探偵?」


「ああ、有名だね。とある分野においては帝国で僕の右にでる者はいないと、いわれている」


「すごい! それってどんな分野なの?」


「それは・・・・・言えないな」


 僕が言い淀むと彼女は不服そうにふくれてしまった。


「なんだぁ、なにかあれば依頼しようと思ったのに」

「悪いけど僕は探偵にプライドをもってやってるから安請け合いはしないんだ。きわめて重要な依頼のみ受けることにしている」

「ふーん、きっと世間を揺るがすような重大な事件を扱ってるのね。ねぇ私にだけ教えてよ。知りたいの」

「・・・まったく、仕方ないな。そんなに知りたいなら今夜僕の事務所にくるといい。色々と教えてあげよう」


 僕のセリフに彼女はまたもや顔を赤くした。

照れ隠しだろう、ハハハと乾いた笑い声をだして固まる。そんな彼女が口をひらこうとした時、ちゃらーんと入口のドアの鈴がなった。


「ああ、すみませんマーロさん、おくれてしまいました!」


汚ったない、つなぎ姿の女が入ってきて僕の名前を大声でよんだ。


「ちょっと動物園の方が色々たて込んでて、おくれちゃいました。テヘ」


勝手に僕の隣に座り、なにも気にすることなくその女はベラベラと喋りつづける。


「そうだ、これが今回の依頼の資料です。逃げたしたワンちゃんの写真もはいってるので確認してくださいね!あっ、マスター私リンゴジュース」


 常連なのだろう、彼女のオーダーを聞き終える前にマスターは素早くリンゴジュースを提供していた。その間もこの女はベラベラ際限なく話をつづける。


「ちょっとマーロさん聞いてます?」


「・・・君いきなり隣に座ってなにをいってるんだ。人違いじゃないか?」


僕が注意すると彼女はきょとんとした顔をしたあと、大笑いした。


「あははは、いつもお世話になってるマーロさんを見間違うわけないじゃないですかぁ。私ですよミランダですよ!」


 冷や汗をかいている僕の肩を、くそ忌々しい女ミランダがバシバシと叩いてくる。


「動物園? ワンちゃん? ねぇミランダさん彼はいったいどんな探偵なのですか?」


 隣で話を聞いていた美女がミランダに質問する。

もちろん初対面だろうとミランダは気にせず、まるで自分のことのように誇らしげに言った。


「マーロさんは凄い探偵なんですよ! ことペット探しの分野においては帝国で右にでる者はいないとまでいわれてるのです! それでついた二つ名が『動物を探し出す者アニマルサーチャー』まさに我々動物園関係者や、動物愛好家のなかでは英雄なのです!」


 長い、長い沈黙があった。

彼女は冷たい目で僕を見下している。


「へぇー、きわめて重大な事件ね。そうよね、英雄様からしたら困っている人を助けるのは当たり前だものね」

「ま、まあね」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 空気を読まず、「どどどどうしたんですか二人とも!?」 と隣でミランダが騒いでる。


そんなミランダにあきれたのか、彼女ははぁと大きなため息をはいて言った。


 「最初は貴方のことユニークでとても気に入っていたわ。まあ別に嘘をつかれた訳じゃないし、今回はこれで許してあげる。気が向いたら貴方の事務所に遊びにいってあげるわね」


 そういって彼女は飲みかけのコーヒーを僕の頭にダラダラとかけて、店を後にしていった。垂れてきたコーヒーが少し口に入り乾いた舌を潤す。

うん、これはブランル国産の高級豆のコーヒーだ。


  やはりマスターはいい腕をしている。

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