第2話 名探偵への依頼

-------アメリス帝国の首都ワンシトン。


 僕は窓越しに空を眺めた。

どこまでも続く空を見ているだけでノスタルジックな気分になる。


 「はぁーー」


 地球のことを思い出すと、自然と大きなため息がこぼれてしまう。もうこの異世界にきて何年もの時が過ぎた。

 

 もし、この数奇な運命が神様の気まぐれだとしたら、全力で神様の顎先に右フックをかましてやりたい。そう思うほど僕はこの世界が嫌いだ。


 僕は訳もわからぬまま、異世界に転移してきた。

多くの人が、異世界転移なんてロマンあふれる展開じゃないかって思うのかもしれない。だがそれは間違いだと断言しておこう。たしかに、モンスターがいて魔法がある。どの街にも冒険者ギルドと冒険者がいて、その中には英雄と呼ばれる偉大な人だっている。けれど、それにどんな意味があるか考えて欲しい。  


分かりやすく例えるなら、都心に野生の猛獣が日常的に現れる上に、街行く人々が常に強力な武器を所持しているようなものだ。どうだ危険がいっぱいだろ?


 ハードボイルドな探偵を志す僕にとって、右も左も事件だらけ。

そんな異世界に突然放り込まれた僕のスペックはほ・ぼ・地球人のままだ。文化の違いってやつで軽く死ねる。


 そんな滅茶苦茶な世界でも僕は諦めず探偵になるという夢を追いかけ続けている。おかげで、苦労の甲斐もありこの異世界の地で僕は探偵事務所を開業することに成功した。


 マーロ探偵事務所。


ここが、クソッタレな異世界で唯一僕の心が休まる場所だ。  


⚀⚁⚂⚃⚄⚅⚀⚁⚂⚃⚄⚅⚀⚁⚂⚃⚄⚅⚀⚁⚂⚃⚄⚅⚀⚁⚂⚃⚄⚅⚀⚁⚂


 いつもと変わらず、僕は朝8時に出勤してからチューバ産のキセルタバコに火を着けて、執務机の上に足を乗せてふんぞり返る。この時間こそ一日でもっとも大切な瞬間のひとつと言える。


さらにブランル国産のブラックコーヒーを淹れて一息つけば完璧だ。この時間が永遠に続けばいいとさえ思える。


「ボスぅーー!マーロのあにきぃーー!!」


 僕がハードボイルドな一時を演出していると、無作法にドカンとドアを開けて小柄な少女が、制止させる間もなく僕の胸に飛び込んできた。危うくバランスを崩して新品の絨毯にコーヒーをこぼすところだった。僕は自分にしがみつく小さな訪問者を見やる。


「こら、ミミィ。いったい何度言えば分かるんだ。ドアはノックした上で静かに開けて入って来なさいといってるだろ?」


「ごめんなさいマーロのあにきぃ。」


そういって上目遣いで見つめてくるミミィは反省したように僕から降りて頭を下げた。


 彼女はこの探偵事務所でお手伝いをしているホビット族の女の子だ。ライトブラウンの髪と瞳はとても綺麗で非常に整った顔立ちをしている。


ハードボイルドな僕をしても、「おお!」と唸るような美人さんだが、残念なことに身長が僕のお腹くらいまでしかないせいで子供にしか見えない。まぁ実際彼女はまだ子供だが。


ミミィの頭に手をのせると心地よいサラサラとした柔らかい髪の毛の感触が伝わってくる。


「次からはちゃんと、ノックするんだよ」


「はい、きをつけます!」


てへへへ、とミミィが顔を赤らめて笑うのを見て、僕は頷き彼女を許すことにした。


「いい返事だ。それでなにか僕に用があってきたんだろ?」


「はいです!じつは依頼希望の人の手紙を預かってきました!」


 そういってショルダーバッグから便箋をとりだした。


僕はそれを受け取って中身を確認する。どうやらこれから仕事の依頼人と会わなければいけないらしい。


 「お仕事ですよね、ミミィもついていっていいですか!?」


 ミミィはキラキラと顔に期待を浮かべて僕をみつめてくる。どうやら彼女は僕が仕事をしているのを見ているのがとても好きらしく、いつも後からついてこようとする好奇心旺盛な子だ。


「いつも言ってるだろ、仕事はあそびじゃないんだ」


「・・・・でも」


「それに、ちっちゃな子供をつれていたら僕の探偵としての威厳がおちるからね」


「ミミィはそんなに小さくないです!それにミミィは特別なホビット族なのでまだまだ大きくなります!」


精一杯背伸びして大人ぶろうとする必死なミミィが微笑ましくつい笑ってしまう。ホビット族はみんな背が小さい種族だからミミィの身長が伸びることはもうないはずだが、僕は多感な思春期の少年少女に理解がある方だ。いつか背が高くなる淡い妄想を抱く乙女を、暖かく見守る優しさも持っている。


「そうだねきっと大きくなるよ」


「ぜんぜん目が本気でいってるようにみえないです」


「そんなことないさ。それより依頼人に会う準備をしないと」


 僕が奥の私室にむかおうとすると、ミミィが諦めずついてこようとしたので僕はキセル煙草の煙をふぅーと吹きかけた。副流煙を吸い込んでしまったミミィはけほけほと咳き込んで目に涙を浮かべる。


「ほうらねミミィはまだまだ子供だよ」


「ひどいです、あにきぃ」


 僕は愛らしいミミィを一旦放置して外出用のジャケットをとりに奥の私室へと入る。部屋のクローゼットの中には僕が探偵として相応しいと判断したスーツやジャケット、その他アイテムが多数保管している。


僕は黒のジャケットを手にとり、ベストのうえに着る。さらに、お気に入りハットと最近手にいれたばかりのステッキをもてばハードボイルドな探偵の完成だ。


 執務室へと戻ると、ミミィまだが悔しそうな顔で立って僕が戻るのを待っていた。


「ミミィはもう大人です。タバコの煙だって余裕です」


「大人はいちいち自分のことを大人とは言わないものだよミミィ」


 いまにも泣きそうなミミィだが、それでも連れていくわけにはいかない。僕にとって何よりも優先されるのは、いつだってハードボイルドな探偵であるかどうかだ。依頼人に会うのに子供連れでは格好つかないだろ?

 

 しかし、ミミィには日頃からお世話になっているのも事実だ。


僕と彼女の関係はシャーロック・ホームズにとってのベイカー街遊撃隊(少年探偵団)みたいなものだ。なので多少甘やかすのもやぶさかではない。


「そうだミミィ、今から二時間後に中央広場の噴水前にこれるかい?たまには美味しいアイスでもご馳走しよう」


「本当ですか!」


 するとミミィはさっきまで落ち込んでいたのが嘘のように元気を取り戻した。きちんとお手伝いさんの機嫌もよくなったのを確認して、僕は依頼人に会うため事務所をあとにするのだった。

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