太古の岸辺
くるくま
太古の岸辺
武蔵野台地の端の、線路脇の崖からかつて海だったという平地を見下ろしてみる。
この下の、この住宅やマンションが立ち並ぶ土地が数千年前は海だったなんてとてもロマンのあることだと思う。初めて聞いたときは信じられなかったが、このあたりで貝塚が何か所も発見されていることを考えると、どうやら本当らしい。こうして崖の上のフェンスの網目から景色を眺めていると、いつの間にかフェンスは消え、目の前に海が現れ、波の音が聞こえてきた。
ばっしゃーん、ばっしゃーん。
いや、この辺りは大きな湾になっていたはずだ。高低差もあまりないからずっと遠くまで浅瀬が広がっていたのかもしれない。そうすると、もう少し穏やかな海だったのではないか。
ささーん、……。ささーん、……。
こんなもんだろうか。本当に、きれいな海だ。すこし熱いくらいに照り付ける太陽の下、南国チックなエメラルドグリーンの水面がそこにある。
その海の中を、のぞいてみたくなった。崖の斜面に沿って斜めに走る坂をゆっくり下って、海のすぐそばまで行く。
ざざーん、さらさら。ざざーん、さらさら。
さっきいた崖の上より音がよく聞こえる。水中を転がってゆく砂の、一粒一粒からも音が聞こえるようだ。
じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ。
海に足を入れて少し進んでみる。水は意外に温かい。
ぶくぶく。ぶくぶく。
ついに水面は頭の高さを超え、私は完全に水の中を歩く人となった。ふしぎなことに息が苦しくなることはない。体を倒して、泳ぐ体勢になる。
すいー、すいー。
様々な種類の魚が寄って来ては、また離れてゆく。少し先ではくらげが漂い、砂の上では博物館の標本にありそうな固い甲羅を持った生き物が一休みしている。
海岸からあまり離れないように気を付けながら、海岸に沿って進んでいくと、入り組んだ、小さな湾のようになっているところがあった。陸地の景色はどんなだろう。
ぷかあり、ぷかあり。
水面に上がって、流れに身を任せながら海岸の森を眺めていると、
こつん。
頭に何かが当たった。見上げて見ると、太い木の丸太が一本、水面に浮かんでいる。
丸木舟だ。男が一人、不思議に思ったのだろう、こちらをのぞき込んでいる。
「やあ。」
「やあ。」
漁を終えて陸に戻るところだったようだ。男と一緒に陸に上がった。
ここは川が湾に流れ込んで河口になっているところらしい。川は谷を作り、内陸のほうまでずっとつながっている。
男の小屋で、夕飯をごちそうになった。男の連れの女がよそってくれた貝の入った鍋は、だしが効いてとてもおいしかった。どんぐりから作ったのだろうか、主食のパンも悪くない。
ぱちぱち、ぱちぱち。
焚火が燃えている。だいぶ眠くなってきた。明日は、森のほうを探検しよう。焚火のぬくもりと、ゆるやかな時間に流れるのんびりした雰囲気を感じながら、私はそっと目を閉じた。
太古の岸辺 くるくま @curcuma_roscoeana
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