第149話 言葉を探して
ひなみから渡されたノートパソコンを立ち上げ、USBメモリを差し込む。
読み込みが始まりジャンと出てくるのは、横に並んだ六個のマスと、
『パスワードを入力しゅるでしゅ。なお、二回失敗したらデーター飛ぶでしゅ!』
ケタケタと悪い顔で笑う心春の声が聞こえてきそうな警告文が、画面にデカデカと表示される。
「まったく……見せる気があるのかないのか分からないよ。どういう意図があるっていうんだろ」
苦笑いをしながらノートパソコンの警告文を眺める。
瞳に警告文を映すが、心はこれまでの出来事を映す。
この世に実体を持ったときの感覚。
データではなく触れることができる喜び。
心春に怒られながら初めて外に出たお使い。そして、体力がなく登校するのにも苦労していた自分に文句を言いながら引っ張ってくれたこと。
沢山の人と出会い、自分が騒動を起こす度に小さい体で怒って、泣いて、全力でぶつかってきた心春。
それから、それから……
沢山浮かんできて心が一杯になり、映像が上手く写せなくなる。一杯になった思いは目から溢れ頬を伝う。
慌てて腕で乱暴に目を擦り、鼻をすする。
「あぁ、いけない。考えすぎるとダメだなぁ」
目を擦っていると、控えめなノックがして夕華が入ってくる。そしてパソコンを見つけると、少しだけ目を大きく開く。
その様子を見て、夕華の表情が増えたことに気付き、それに気付く自分に成長を感じ、そうさせてくれた心春を再び思い出してしまう。
「パソコンはひなみさんが持ってきてくれたんだ。キミに渡そうってね」
トラの言葉にソワソワとする夕華が何度か視線を寄越してくる。
「意外? ひなみさんがボクに渡すわけないのにって顔に書いてある」
「ふわっ!? お兄ちゃんは私の考えていることが分かるのですか」
驚く夕華が可笑しいが、傷つけまいと笑いを堪えながらトラはそっと夕華の頭を撫でる。トラから頭を撫でられて少し驚いた表情をする夕華だが、すぐに気持ちよさそうに目を瞑る。
「お兄ちゃんから頭を撫でられるの好きです」
「ん? そう? ボクでよければいくらでも撫でるけど」
トラは夕華の頭を撫でながら最近の夕華の変化について考えてしまう。井藤さんとに連れて行かれそうになり珠理亜に助けられ、葵が来てから夕華は前のように心春の代わりを努めようとしなくなった。
以前の柔らかさを取り戻し、前よりトラに甘えるようになった。
──可愛いくて癒されるけど、甘えさせ過ぎてもダメなのかな? ひなみさんもボクに厳しくいくって時々怒ってくるけど……。ちょっぴり依存傾向にある気がする将来を考えれば厳しさも必要なのかなぁ? ん~……
ここまで考えて、心春の怒っている顔が過る。
そして、クスっと笑ってしまう。そんなトラを不思議そうに夕華が見ている。
「ごめん、ちょっと思い出したというか、心春もね、今のボクと同じ気持ちだったのかなって思ったら可笑しくなってね」
なぜトラが笑っているのか理解できないといった表情の夕華をの頭を撫でて、優しく問いかける。
「心春が眠る前、夕華は心春と一緒によく出掛けていたけど、具体的に何をしてたの?」
「沢山の人に会ってきました。みんなお兄ちゃんの知っている人たちです。その人たちとお話をしてきました」
「お話?」
首を傾げるトラに対し夕華は大きく頷く。
「はい、お兄ちゃんと私をよろしくお願いしますって。なんだかお別れみたいな言い方するので……不思議だなって」
頭を撫でられ、輝いていた夕華の目に悲しみが宿る。
「私お姉ちゃんに聞いたんです。なんでそんな言い方をするんですか? って手足が直ったら一緒に料理を習いましょうって……そしたら凄く困った顔で笑って……それもいいでしゅねって」
涙は流せないが、込み上げるものに耐えきれなくなったのか、トラの胸に顔を埋める。そんな夕華をトラは抱き寄せて背中を優しく叩く。
「夕華は分かってしまったんだね。心春は自分が今みたいな状態になることを知ってて、お別れになるんじゃないかって」
夕華は、トラの胸に顔を埋めたまま頷く。
「夕華は凄いよ。ボクなんてずっと一緒にいたのに不調に気付きもしないで、心春が治るって言ってるから治るだろうって、心の中で信じてたもの。
だからね、言葉や表情で相手のことを知り、思いやれるってすごいことだとボクは思うんだ。そういうことが分かってきたの、ボクなんて最近だよ。夕華が心春の考えていることを理解できたのは性能とかじゃなくて、夕華が優しいからだと思うよ」
トラの言葉に顔を上げた夕華の瞳に、部屋の明かりが映り込み淡く光る。
「お兄ちゃんはやっぱり変です。前も言いましたけど時々人間じゃないみたいな言い方をします」
「そうかな? うん、そうなのかもね。ここにくるまで色んな人に迷惑かけて、いっぱい怒られてようやく人間らしくなってきたのかも……あっ、もしかして……」
何かを閃いたのか拳を握り目を輝かせるトラは、夕華に尋ねる。
「夕華、心春と一緒に会いにいった人たち誰だか教えてもらえる?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回
『茶畑 彩葉の告白』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます