第139話 体は最新になっても動かす者はなく

 人間の手術とは違い、血も出ないし、感染症の心配もないアンドロイドの手術。体裁上手術とは言っているが実際は行われるのは修理である。


 人間と違いベッドで運ばれてなんてことはない。車いすのまま修理する作業場に連れていかれるのだ。


 俺を見にきた人たちの顔を順番に見る。母さんと、トラ、夕華にひなみ。今日は平日だからトラは学校を休んで来てくれた。


「行ってくるでしゅ」


 今できる最大限の笑顔をして、みんなの心配する顔を直視できない俺は視線を反らし、作業場の方を見る。そのまま施設のスタッフの人に押され俺は中へ入ると、抱えられ台の上に寝かされる。


「頭を開けるから、主電源は切れよ。腕の神経変えるなら外した方が早いかもな、準備してくれ。


 体が小さいから部品の配置が窮屈だからな、他の部品に干渉しないよう慎重にいけよ」


 技術者の責任者が他の作業者たちに指示を出していく。

 アンドロイドなんで麻酔とかそんなものはないし、今から何をするか聞こえないように配慮とかもないから指示が飛び交うのがハッキリ聞こえる。


 あんまり聞かないように、別のことを考える。


 昨日の夜のこと──


 夕華に車椅子を押してもらいリビングにいる母さんと、父さんに話し掛ける。父さんは相変わらず単身赴任中だが、前より帰ってくる頻度が少し増えた。


 今日は俺の為に急遽帰ってきたと母さんから聞いた。朝一戻らなければいけないから手術には立ち会えないけど、こうして会いに来てくれたのは嬉しい。

 前なら帰ってはきてないだろう。大きな変化だ。


 これも間違いなくトラのお陰だ。


「心春ちゃん、お話ってなにかしら?」


 母さんが優しい笑みを俺に向けて尋ねてくる。


あちた明日の手術でもち、わたちに何かあったりゃトリャと夕華をお願いしましゅ」


 ガタっと音を立て母さんが勢いよく椅子から立ち上がる。


「そんなこと言ったら駄目でしょ! 大丈夫だから、絶対成功するから!」


 少し声を荒げる母さんに、「ごめんなしゃい」と俺が頭を下げると、母さんは申し訳なさそうな表情になり「ごめん」と言いながら力なく座る。


「夕華はひなみにもお願いしてましゅけど、夕華の考えを尊重ちてほしいでしゅ。

 夕華もちゃんと自分のやりたい言うんでしゅよ」


 夕華を見ると泣きそうな表情をしていた。涙が出ない夕華は感情をどう処理していいか分からないのか、黙って俺を必死で見つめる。

 苦しそうな表情をしているのは、涙が出ないからだろうか。


「しょれで、トリャでしゅけど。あいちゅには、っかりしゅりゅように言って、ちゃんと周りを見るように言ってあげてくだしゃい。

 あいちゅ、しゅぐ自分を責めりゅ……でしゅ……かりゃ……」


 喋っている途中で涙が溢れだし、言葉に詰まった俺は下を向いて必死で話を続ける。


「しょの……」


 下を向いたまま顔を上げれない俺が何か言おうとするのを、母さんと父さんはじっと待ってくれる。


「トリャだって年ごりょの男のでしゅから、しゅなお素直になれないでしゅから、面と向かって言えないんでしゅかりゃ……わたちが代わりに言うでしゅ……」


 息は出ないけど、ふぅ~って言って落ち着く。これは顔を見て言わなきゃダメだ。

 俺は涙を左手で拭うと、今できる精一杯の笑顔を作る。


「お母しゃんとお父しゃんの子供で良かったでしゅ! ちあわしぇ幸せでしゅ! って」


 母さんと父さんは俺の言葉に目を丸くして驚く。


「なんで、心春ちゃんがそれを言うの?……それは今言うことじゃ……」


「あ、あいちゅ、こういうとこしゅなお素直じゃないでしゅ。わたちが言わないと、じゅっと言わないでしゅよ。妹とちて伝えとかなきゃって思ってたんでしゅ! 


 しょちて、わたちもむしゅめとちて可愛がってくりぇてありがとうでしゅ。ちあわしぇ幸せでちた」


 母さんの言葉に被せ、心春としてお礼を言うと母さんは涙を流し始める。


「なんでそんなこと! お別れみたいなことばかり言うの! これからもずっと一緒でしょ!」


 泣きだす母さんを見て胸が苦しなる。


 適当に繕おうかとも思う、でも明日おそらく俺は帰ってこれない気がする。日に日に薄くなる体の感覚と、薄れる意識がその予感を確信させてくれる。

 今繕っても、そのときが来たとき余計に悲しませる気がする。

 それを思うと下手に嘘をつくのはいけない気がした。


「ごめんなしゃい……わたち、もう眠くて、眠くて……今でも気を抜いたら消えしょうなんでしゅ……」


 俺が言葉を言い終わる前に痛いくらい力強く抱き締められ、母さんが肩を震わせ泣いているのを全身で感じる。


「今日はお母さんと一緒にずっと起きてましょう」


 母さんが涙を拭いながら言った一言で、母さんと、父さん、俺と夕華、途中からトラも混ざってリビングで夜通し話をする。


 母さんにだっこされたまま、虎雄の小さい頃の話を中心に思い出話をする。母さんと父さんが話す昔の話を中心に、俺と夕華、トラは面白おかしく聞く。


 やがて夕華はスリープの時間がきて寝てしまう。父さんも疲れていたのだろう、うとうとしてやがて眠ってしまう。

 トラは頑張っていたが、睡魔に勝てずテーブルに伏せて眠ってしまう。


 母さんは俺を抱きしめたまま、ゆっくり頭を撫でてくれる。


 ずっと、ずっと撫でてくれる。


 心地好くて眠くなるけど、時々母さんが顔を覗いて微笑むので、俺も微笑み返す。


 会話はない。ずっと一緒に起きてて抱きしめ合う。


 朝日がカーテンの隙間から差し込み始めたとき、母さんは俺をギュッと抱きしめ髪を撫でると、むき出しになったおでこにキスをしてくれる。


 ──ずっとこうしていたい


 おでこに触れる。


 まだ感触は残っている。温かくて、優しい……


 心春は幸せでした……



「ん? おい? なんでこの子スリープ状態になってる? ってあれ?」


 責任者が慌てて心春の体を調べ始め、作業場は慌ただしくなる。



 * * *



 修理前に突然のシャットダウン。原因は不明。

 当初の予定通り、神経伝達の阻害、遅延の原因と思われる回路の摘出を実行。検査時には発見できなかった内部に数か所のショート部を確認。その他、数か所の故障が見つかる。

 なぜ動いていたか疑問視されるほどの故障の数。そしてこれらが数回に渡る検査でなぜ見つからなかったのか、原因究明が求められる。


 部品交換は持ち主の希望していた部品を使用するが足らず、AMEMIYA試作型アンドロイド、型番なし『夕華』の交換用パーツを代用し修理を実行。

 相当数の部品の交換を実行し、スリープ状態まで復旧。


 だが、スリープ状態から目覚めることはなくそのまま返却となる。


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 次回


『大きく変わる日常』

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