第113話 分からなければ相談するのですっ!

 トラを廊下に連れてきたひなみは、壁側にトラを立たせ話し始める。


「トラくん、君と心春ちゃんが何者かは知ってる。そして君が幼いのも分かってる。それを知った上で話すから」


 心春に見せる顔とは違う厳しめの表情に、トラは緊張しながら頷く。


「心春ちゃんがトラくんにその体を譲った。これがどれだけ凄いことで、どれだけあの子が苦悩したか分かる?」


 首を縦に振るトラを見て、ひなみの目付きは更に鋭くなる。


「悪いけど分かってないわね。生きてきた年数の少ないトラくんには酷な話かもしれないけど、キミは私に心春ちゃんを取られて悔しくないの?」


「そ、それは……でもボクよりひなみさんの方がしっかりしてるし、心春も安心できると思います」


「今のキミに心春ちゃんを任せれないのは、自分でも分かってるってことでいい?」


 トラは頷く。


「そ、じゃあ今からどうする?」


「それは……」


 歯切れの悪いトラを見てひなみはイラッとした表情を見せる。


「キミは心春ちゃんを安心させる人間にならなきゃいけないの。

 じゃないとあの子が決断しキミにその体を、人生を託したことが無意味になるの!


 今、あの子は苦しんでる。でも今のキミにそこに向き合う資格はない! キミがすべきことは一人の人間として生きていける姿を見せること」


 資格はないと言われて、悔しそうな表情をするトラ。


「そうは言われても何をすればいいかなんて分からない。そういう顔してるね」


 ひなみの鋭い視線に負けじと、トラも自然と必死で睨み返すようになっているのをトラ本人は気付いていない。


「いい? 心春ちゃんはキミの為に彩葉ちゃんを初めとした人間関係を構築して、一人にならないようにしてくれたわけ。

 キミはその与えられた人間関係でまずは身近なお母さんと、彩葉ちゃんに向き合い目標を持って精一杯生きてみなさい。


 でも一人で何でもしなくていい、頼れることは頼りなさい。みんな優しいから助けてくれるはずよ。


 私も手助けはするけど、他の人と違って厳しくいくから。甘やかされてばかりじゃ成長はないでしょ。いい分かった?」


 最後は脅されるような勢いでまくし立てられ頷くだけのトラだった。



 * * *



 トラは大きくため息をつく。その横にちょこんと座る彩葉は、アスパラの豚肉巻きをハムハム食べながらトラの顔を見つめていたが、食べ終えると指で唇を押さえ考え始める。


 今は昼休み、トラは昨日あったことをかい摘まんで彩葉に話し相談していた。


 そこから少し離れたところでは夕華が壁に寄りかかって座り目をつぶっている。

 夕華曰く、心春のようにお昼寝をしてみたいと目をつぶって寝ようとしているだけで、実際は寝ていない。おそらく2人の会話は聞こえていると思われるが、会話に入ってこないのは寝ている設定だからである。


「つまり、こはりゅを、ひなみさんとやらに奪われ、トラ先輩はしっかりしろと発破をかけられたということでいいですか?」


 トラが頷くと彩葉は再び考え出し、そして一言。


「言いたいことは何となく分かるんですけど、どうしていいかって言われると曖昧で分かりませんね」


「うん、そこで悩んでるんだ。お母さんや彩葉に向き合うのは当然だって思うんだけど、たとえば幸せにするって言っても何が正解なのかって聞かれたら分からないんだ」


「幸せにって……サラッとそういうこと言う」


 少し耳を赤くした彩葉がボソボソ文句を言う。


「ハッキリ言って私もその場にいて、答えは出せないと思います。

 精一杯生きろなんて曖昧ですし、目標と言われても難しいですよね」


「う~ん、そうなんだよね。ひなみさんの言う目標になんて答えれば良いのか分からないんだよね」


 しばらく唸って悩む2人だが、彩葉がポンと手を叩き一言。


「分からないなら聞けばいいんですよ。私たちよりもっと人生経験の長い人に!」


「人生経験の長い人?」


「私のおばあちゃんです!」



 * * *



「ふむふむ、なるほど、分からん」


 人生経験の長い人の答えはそれである。期待に満ちた目から一転落胆するトラと彩葉。

 そんな2人を見て笑うのは彩葉のおばあちゃんこと茶畑 久枝ひさえである。


「そんな落胆しなさんな。つまりの言うとこ、答えなんてないんじゃなかろうかと、そう言いたいわけじゃ」


 同時に同じ方向に首を傾げる2人を見て、可笑しそうに笑いながら、おばあちゃんは話を続ける。


「人生に正解なんてものはないと思うんじゃがの。その女の人が言いたいのは失敗してもいいから、自分の考えを持って生きてみろということじゃなかろうか?


 わしが思うに、虎雄はその純粋さが最大の武器ではあるが、全部自分で抱え込むクセがあろう?


 今回みたいに彩葉やわしなんかを頼ってもいいから、前に進んでいく姿を見せればその女の人も心春も納得するんではなかろうかの」


「分かるような、分かんないような」


 傾げていた首を更に傾げる彩葉。


「正解がないから人間らしく足掻けってことじゃろ。自分にできることから始めて、出きることを増やしていく、それでよかろう。


 彩葉にいつでも相談にのるぞと言っても、自分でどうにかするから大丈夫っ! って言って来なかったのに、好きな人が悩んでると助けたくて、頼ってくる。


 彩葉の成長を感じるのぅ。恋は良いもんじゃ」


「なっ!? わたっ、私そんなこと言ったっけ?」


「さて、商品を倉庫から出してこないといけんかったの忘れとった」


 慌てふためく彩葉を置いて、おばあちゃんは倉庫の方へ素早く移動してしまう。


「正解はないか……」


 その言葉を噛み締めるように繰り返すトラの膝の上に丸い大きな猫がやって来て居座る。


 彼の名前はドランカー、だがトラはマルと呼ぶ。


「マルは人生精一杯生きてる?」


 そんな問いに、当たり前だろと言わんばかりに大きなあくびをすると、トラの膝の上で丸くなる。


「ホントにお前はトラ先輩に懐いてるねっ」


 トラの隣に来た彩葉が丸くなったドランカーを突っつき文句を言う。

 そんな様子を見ながらトラは考える、答えのでないと言われた答えを。

 でも人間らしい、そう思いながら。



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 次回


『男子会』


 次回からラブコメのコメに持っていくんだぁ。でも真面目に進めないと話が進まないジレンマ。










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