第112話 検査結果はスムーズに

 大学の研究施設に着くと、ひなみが迎えに来てくれる。

 隣に気難しそうな白衣を着た男の人がいて、鋭い眼光で俺を睨んでる。なんか怖いので楓凛の後ろに隠れる俺を見て、ひなみが怒り始める。


三ノ宮さんのみや先生、心春ちゃんが怖がってます! 近眼で見えづらいならちゃんとメガネかけて下さい!!」


「あ、ああすまん。いや怖がらせる気はないんだがって、嫌われたか……まあ慣れてるからいいけど」


 慣れてると言いつつションボリする三ノ宮先生とやらを、楓凛さんの後ろからコッソリ覗いてじーと観察する。

 三ノ宮先生がチラッと顔を上げたとき俺と目が合う。


 悲しみの目で俺を見てくるので、俺は楓凛さんの後ろから出て近付いてペコリとお辞儀をする。


「はじめまちて、こはりゅといいましゅ。今日はよろちくお願いしましゅ」


 挨拶は大切だろう。まして今から検査してくれる人に対しては尚更だ。そんな俺を見て体をワナワナと小刻みに震わせながら感激を宿した目を俺を向けてくる。そして俺を指差し、隣のひなみを見て一言。


「この子可愛いね」


「当たり前のこと言ってないで、早く検査してください」


 感激する三ノ宮先生に冷たくするひなみ。そんな様子を可笑しそうに見ている楓凛さん。いつものやり取りなのかもしれない。なんて思いながら俺は三ノ宮先生に自己紹介された後、ひなみと楓凛さんに連れられ検査室へ向かう。



 * * *



 検査着に着替えた俺が検査室に現れると、大知らない女の人たちに囲まれる。

 白衣の名札を見る限り、ここの職員のようだが幼女型アンドロイドを見たのは初めてだと言ってもみくちゃにされる。

 久々のもみくちゃ状態の俺の耳に聞こえてくる声。


「主電源は切った方が良いのかね? あぁ神経の伝達信号計測だろ? ん? 手足に絞るなら他の機能が起動してると余計な伝達信号はノイズとして拾わないか? バックアップとって、スリープさせればいいだろ。ああ────」


 三ノ宮先生をはじめとした数人の先生っぽい人たちの話が聞こえ、俺は立ちすくんでしまう。


「以前送った資料にあった脳からの伝達部にある、基盤の解析と場合によってはその取り外しを中心に見てもらえればいいと思います。


 作った本人によると、思考系と運動系の伝達は別のラインだったそうです。

 でも運動系に干渉しているということは、両方の伝達信号を流せた方がよくないですか?」


 ひなみが俺を後ろから軽く抱きしめながら、先生たちに訴える。


「原因がそれとも限らないんだろう?」


「確かに決めつけはよくないですけど、この子自分の体について詳しいですから、直に意見を聞けた方が良いかなって」


「まあ最初は基本敵な、スキャンチェックと、神経伝達の流れを調べることから始めよるし、それでも分からなければより深くやっていこうか。


 それにしても自分の体に詳しいアンドロイドとは、色々と変わってるもんだ」


 そう言いながら人間で言うCTスキャンを行う部屋へ通される。その道すがら、俺はひなみと楓凛さんの手を繋がれ歩く。


「完全に眠るの怖いもんね。なるべくそうならないようにするから」


 楓凛さんは俺の中身については知らないから、どちらとも取れる表現でひなみ言われた俺は目が潤んでしまう。

 人間のときよりアンドロイドになってからの方が涙腺が緩くなったんじゃないだろうかと思ってしまう。


 アンドロイドは金属を含むのでCTスキャンは、人間のタイプとは違いアームについた2枚の小さな板が挟んでスキャンを行う。細かな部品まで知ることができるのだ! と自慢気に言いたいところだが、自分にやられるとあんまりいい気はしない。


 X線を使用するので1人で広い部屋に置かれ、天井のカメラから俺をモニタリングしているのがカメラのレンズの動きで分かる。

 モーターの音に合わせ整然と動く様は、機械の勤勉さと無機質さを感じさせ、同類である俺の心に重く伸し掛かってくる。


〈心春さんお疲れさまです。以上でスキャンは終了です。扉のロックが解除されますのでそのまま隣の部屋にお越しください〉


 天井のスピーカーから響く女性の声に従い、俺は扉を開け隣の部屋に移動すると先生たちがモニターを見ながら話していた。

 俺を見ると椅子に座らされ、両手両足にコードのついた吸盤をペタペタと貼られ、先ほどスキャンした画像と照らし合わせながら手足を中心はに動かす俺は、動く度に先生やスタッフたちに誉められ検査は進む。


 画面に表示されている俺はやっぱり人間じゃないわけで、自分で何回か簡易的なスキャンチェックはやったから分かっていたけどこの現実は重くのし掛かる。

 この体で覚悟したって言ってもやっぱり辛い。


「この子泣いてるの?」


 スタッフの1人が俺を見て驚いた声を出し、みんなに注目される。一斉に注目され初めて自分が泣いていることに気がつく。

 涙を拭こうとして、自分の腕に付いている配線を引っ張ってしまい、驚いて体を強ばらせてしまう。


「あぁ、はいはい。ちょっとビックリしたかな? 大丈夫だから」


 そう言って、後ろに回ったひなみが代わりに涙を拭ってくれる。


「初めての検査だし、ビックリしたよね。大丈夫、一緒にいるから。


 あ、気にしないで検査続けてください」


 涙を流す俺を見て驚く先生やスタッフたちは、何か言いたそうではあるが、ひなみの一言で検査を再開する。

 俺はぎゅっと抱き締めてくれるひなみの温もりに身を委ね検査は進んでいく。



 * * *



「もう大丈夫でしゅ」


「本当に? もっと甘えても良いのにぃ」


 施設の休憩スペースの一角で、俺は顔を埋めていたひなみの胸から顔離すと、泣いてたことと、ひなみに甘えていた事実に恥ずかしさが溢れ出し、顔を見られないように背け下を見る。


 そんな俺を、優しく撫でてくれそのままぎゅっと抱き締めてくるのは、楓凛さん。


「へぇ~、もういいって言ったのに素直に抱かれちゃってさ。心春ちゃんは私より楓凛の方がいいわけか。そっかそっか、やっぱ胸が大きい方がいいわけだ。ふ~ん」


「ち、違うでしゅ! しょういうことじゃ!」


 俺はもがき楓凛さんから離れようとするが、思った以上に力が強く逃げれない。楓凛さんが日頃から鍛えていたことを思いだし、脱出不可を悟った俺は身を委ねることにする。


「ひなみ、心春ちゃんを困らせない。折角検査結果も出て後は、今後の方針を話し合うだけなんだから」


 楓凛さんの言う通り、検査結果は驚くほどスムーズに出た。そしてその結果もあっさりしたもの。

 大方予想通り、思考回路の遅延と阻害をするための回路に右側の運動を伝達するための信号が流れて、文字通り遅延が起きているのだろうとのこと。


 これの対応策として、回路の除去、または神経の繋ぎ変えを行い回路を介せず運動信号を送るという方法がある。

 ただ、思考を鈍らせる回路自体運動関係に関与するはずがないのに、現に影響を与えてきているのは見過ごせない点である。


 雷が落ちた影響とも推測できるが、理由はどうであれ今後を考えれば取り除くのがベストな選択だろう。


「わたち、頭の回路を取り除く方向で考えたいでしゅ」


「そっか……それがベストな選択だろうね……。


 うん、じゃあその方向で話を進めようか。手術するって言ってもすぐにできるわけじゃないし、決断は早い方がいいものね」


 俺の決意にひなみと楓凛さんが答えてくれる。

 少し心が軽くなり余裕のできた俺は、冷静に考えるとある疑問が頭を過る。


「しょう言えば、けんしゃ検査とかのお金はどうなってるんでしゅ?」


 俺の問いにひなみと楓凛さんは目を合わせ、アイコンタクトをすると俺を抱き締めている楓凛さんが、俺の頭を撫でながら教えてくれる。


「言わないで欲しいって言われてるけど、いずれ分かるしね。

 心春ちゃんのことはAMEMIYAグループが責任を持って治してくれる手筈になってるの。


 珠理亜ちゃんに心春ちゃんのことを詳しく話したら、助ける為なら自分にできることはやるって、お父さんたちに頼み込んでくれたの」


 珠理亜、学校で全くそんな素振りを見せなかったのに。驚く俺の頬をひなみが突っつく。


「あの子、家柄を鼻に掛けたりする子じゃないでしょ。お金のこともそうだけど、あの子自身がしてくれたことにもお礼を言ってあげて」


 ひなみの言葉に頷く俺は人の優しさが嬉しくて涙が零れてしまう。人の温もりを感じながら、自分は他の人に何ができるかを考えるのだった。



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 次回


『分からなければ相談するのですっ!』

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