第64話 小さくても大きいものはあるわけで

 AIを育てる作業というものがある。これは市販してある人格基礎プログラムに知識を与え育てていくものである。

 この市販のものには人格が捻れたり特定の思想を持たないように厳重にロックされている。

 ただこの作業、空白に文字を1文字づつ打ち込むような途方もないもので大抵の人が途中で挫折する。

 例え人格を作り上げても大体同じような性格のものが出来上がるためほとんど使う人はいない。ましてそのAIをアンドロイドに移そうなんて一般的には無理な話である。


 梅咲虎雄はその人格プログラムの元から作り出し地道に理想の妹を作り上げることに没頭した。

 動機はどうであれ彼はただひたすらに人格を育て体を作り上げた。学校の授業なんかバカらしくて聞いていない。

 他人と関わる時間も勿体ない。ご飯を食べるのも人として最低限の行為。ただただ作り続けた。


 ネットワークから切り離した孤立したサーバーで育て、ネットを閲覧する際には2台のサーバーを経由させ外敵の侵入を防ぎ尚且つAIに閲覧制限を加え余計な知識を与えない。


 1年も過ぎたころAIは色々なことを質問してくるようになる。音声を発する機能はないため音声データを認識するモニターに文字が表示される。


 ──私は妹。マスターはお兄ちゃん。これは兄妹ですか?


 声を認識することもまだ出来ないため直接文字を打ち込むことになる。虎雄はカタカタと答えを打ち込む。


 >そう、兄妹。君と俺は兄妹になる。


 ──兄妹は家族ですか?


 >家族であっている。


 ──

 ──

 ──家族ってどんな感じですか?


 虎雄の手が止まる。どんな感じ? 自分の現状を思い浮かべる。

 父さんはほとんど帰って来なくて母さんはそのことを喜んでいる自分の家庭は家族と言えるのだろうか。多分違うと思う。

 悩むがAIの質問は「家族はどんな感じなのか?」である。虎雄の知る世間一般的な理想の家族像を打ち込む。


 ──お父さんは愛する妻と子供の為にお母さんも愛する夫と子供の為に家族みんなで支え合うそれが家族なんですね。マスターの家族は素敵な家族なのですね。私も生まれたらその家族になれますか?


 虎雄の手が止まる。なんて答えようか、そもそも自分の家族は理想の家族から駆け離れている。

 悩んだあげくAIに嘘をついても仕方がないと今の現状を打ち込んで教える。


 >……こういう家庭だから理想的とはいえない。でも君と俺は家族になれる。


 少し間が空き文字が表示される。


 ──マスターは寂しい?


 >まあ寂しいと言えば寂しいのかな? 慣れたけど。


 ──生まれたらお願いしてみます。私たち4人で家族になってくれませんかと。


 そんなAIとの会話。記憶していたというより記録していたという方が表現的には正しいのだろうけどトラはうっすらと記憶していた。これのせいで家族に執着していたのかもしれない。


 今思えば俺がロックの上限設定を甘くしていたとはいえこの頃からこいつはリミッターが外れかかっていた気がする。

 そして俺の言葉を父さんにぶつけてくれたトラの為に俺は言葉を繋げよう。



 * * *



「トリャは寂しかったと言っていたのでしゅ。今のお父しゃんとお母しゃんの関係は仕方ないでしゅ。でも、もう少しトリャをみてあげて欲しかったんでしゅ。

 そうトリャが言うからわたちが本音を言うように仕向けたのでしゅ」


 涙をボロボロこぼすけど息をしていないから少しつまりながらもスラスラ言える自分に違和感を感じつつ父さんを見る。

 こんなに正面からまっすぐ父さんを見たのっていつ以来だろうか? この体になって見ても遅いのかもしれないがそれでも伝えておこう。


「ごめんなしゃい。お父しゃんとは今日初めて会ったのにこんな家庭を混乱するようなことちて。でもトリャの気持ちを知って欲しかったんでしゅ」


 頭を下げる俺にトラが慌て立とうするが俺はそれを手で押さえ制する。


「トリャは自分の気持ちをよく言ったのでしゅ。わたちが言わせてごめんなさいでしゅ」


「あ、いや、ボクが……」


「もう少し言い方とタイミングは考えた方が良いでしゅけど」


 トラの言葉に被せ遮ると俺をじっと見ている父さんを負けじと見返す。


「べちゅに一緒に住もうとかそういうことじゃないんでしゅ。変化を望んでいる訳じゃないんでしゅ。何度も言うでしゅが、ただトリャの気持ちを知って欲しいと思っただけでしゅ」


「そうか……俺は父親としてはなにもやってこなかったからな……」


「さっきも言ったでしゅけど戻ってきて欲しい訳じゃないんでしゅ。戻ってきてもお母しゃんと喧嘩するのは目に見えているんでしゅ。時々かじょく家族のことも思い出してくれれば良いんでしゅ」


 涙の止まらない俺の顔を見つめる父さんはやがてフッと笑う。


「ごめん笑うのはおかしいんだが。なんか心春の方が息子みたいな言い方するんだなって思ってな。必死な姿を見たらつい」


 父さんの指摘にドキッとして一瞬真実を言おうかとも思ったが、ここで打ち明けることはトラの立場が危うくなる可能性を思いだし思い止まる。


「年頃の男の子は素直じゃないでしゅ。折角気持ちを打ち明けたのに興奮して喧嘩になっては意味がないでしゅから続きはわたちが言っただけでしゅ。それがシャポーターサポーターの役割なんでしゅ」


「そうなのか。本当に優秀なサポーターだな」


「そうなのでしゅよ」


 俺のことを話しているのに代弁しているこの状況に複雑な気持ちがなかったわけではない。それでもなにか少しだけ胸のつっかえがとれたように感じる。


「ご飯用意するわね」


 そう言って母さんが立ち上がり台所へ行くので時計を見て夕食の時刻が近付いていたことに気が付きこんなにも時間がたっていたことに驚いてしまう。


 ある程度準備していたのかすぐに運ばれた夕食を囲む。

 父さんが帰ってきたときの食卓はいつも静かでお椀をテーブルに置く音がよく響く。


 ただいつもとちょっとだけ違うのは父さんがぎこちなく二言発したことだ。「学校はどうだ?」と「進路は決まったのか?」だけど大きな変化。

 今回だけかもしれないけどちょっとだけ変化したことに素直に驚き横に並んで食事をするトラと父さんを見る俺の肩をちょんちょんと母さんが突っつく。


「心春ちゃん、後でちょっとお話しない? いい?」


「はい、いいでしゅよ」


 いつも食事の後は母さんとのお話タイムで俺は拘束されるのに許可を取っくるなんて珍しいなと思いながら俺は答える。



 ────────────────────────────────────────


 次回


『お母さんの想いなわけで』


 倫理的なことからもAIに個性や自由が与えられることはないのでしょうね。

 お友だちのアンドロイドなんて現実的でないのだろうなと思うと少し寂しいものです。


 御意見、感想などありましたらお聞かせください。

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