第62話 夫婦の形は色々なわけで

 俺の前にはリビングにあるソファーに神妙な面持ちで座るトラが俺の方をじっと見つめる。最近このパターン多いな。


「あの~大事な話ってなんです?」


 おずおずと聞いてくるトラ。


「トラ、わたちには父しゃんがいるのでしゅ」


「はへっ? ええまあ、そうですよね。じゃないとこの体は存在していないですものね」


「しょういう、しぇいぶちゅ生物学的な話じゃなくて。明日父しゃんが帰ってくるのでしゅ」


 俺の発言に首を傾げるトラ。いまいちことの重大さが分かってないようだ。


「しょもしょもなんで父しゃんが家にいないか考えたことはないのでしゅか?」


「えっと単身赴任でしょ。今は秋田でしたよね?」


 上辺だけの薄い情報に俺はため息をつく。アンドロイドで息してないんで声を出してふう~って言う。


「海外ならまだしも日本国内に単身赴任していて年に1、2回しか帰ってこない父しゃんなんでしゅよ」


「忙しいとかですか?」


「まあしょれもあるかもしれないでしゅ。帰って来たら分かるでしゅけどあんまり深く関わらなくていいでしゅ」


「え? なんでお父さんなのに深く関わらなくて良いんですか? てっきりボロを出すなよ、的な話しかと思ったんですけど」


「間違ってはないでしゅけど、トリャは変なところであちゅく熱くなるからあんまり突っ込んではいけないのでしゅ。

 いいでしゅか、夫婦っていってもいろんな形があるのでしゅ」


「はあ」


 全く意味の分かっていないトラ。本当は会わせたくない。しかも今4人娘とゴタゴタしているこのタイミングではどういう影響を与えるのか分かったもんじゃない。

 でも実の息子の姿をした今のトラが会わないわけにもいかないし。でもまあそんなに滞在しないだろうしサッと会わせて思春期特有の息子的態度で部屋に帰してしまおう。

 我ながらいい案だと思いながらもう一度トラに釘を刺して明日に備える。



 * * *



 うん、分かってた。絶対こうなるって思ってたもん。もう驚かない、でも泣きたい……でしゅ。

 ああ「でしゅ」ってつけるとなんか気が紛れるな。新たな発見♪


 ことの始まりは予定通り俺の父さんが帰ってきてからだ。お昼を過ぎた頃帰ってきた父さんがインターフォンを鳴らすので母さんが迎えに行く。


「はあ、どうせ家のカギ持って帰るの忘れたとかでしょ。無理して帰ってこなくてもいいのに」


 ぶつぶつ文句を言いながら母さんが玄関を開けると当たり前だけど父さんが立っていた。

 身長はいくつだっけ元の俺が173センチだから大体同じなんでそれぐらい。年齢は44歳だったはず。年齢のわりに若く見えるそして親子だから当たり前なんだろうけど俺に似ている。イヤだけど。


「おかえり、今回の滞在は?」


「ああそうだな、晩飯食ったら帰る」


「じゃあ泊まりは無しってことで」


「ああ、そうだな。ん?」


 淡々とした夫婦の会話の後、俺に気が付いた父さんが近付いてくる。先に俺の前に立っていたトラをチラッと見て肩をポンッと叩く。


「お前体つきたくましくなったな。なにか運動してるのか?」


「あ、はい。朝走ったりしてます」


「ふ~ん、なんかお前変わったな? 大人しくなったというか。まあ良い方に変わったみたいだしいいけどな。で、この子が噂の心春か」


 父さんが俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。俺のハーフアップにした髪をねじり後ろで大きなヘアピンでバッテンにして止めている髪型が乱れる。


「あなたね、女の子なんだからそんな乱暴に頭なでないでよ。髪ぐしゃぐしゃじゃないの」


 若干キレ気味の母さんに引っ張られ父さんから引き離されると手櫛で髪をといてくれる。


「悪かったな」


 そう言って俺の頭を触ろうとするが母さんが引き寄せたので手は空を切る。

 そんな様子を少し面白くなさそうにする父さんはそのままリビングへと向かっていく。その後ろをついていく母さんと俺だが


「あのぅ、ボクよく分からないんですけど夫婦ってこんな感じなんですか? 事前に勉強した知識と違う気がするんですけど」


 俺の服をくいっと引っ張ってこそこそ話してくるトラ。


 ちなみに俺の服は上から


 胸元に黒のリボンが縫い付けてあるTシャツ(白)にタイトのジャンパースカート(黒)に白地に黒のボーダーの靴下である。


 今日も俺は可愛いのだが空気が悪いのでちょっぴり控えめに伝えておこう。


「べ、勉強? 昨日遅くまでごそごそしていたのはしょんなことを」


 頭を押さえ首を横に振る俺に尚もトラは聞いてくる。


「お父さんってあんな感じなんですか? もっとこう背中で語ったり、愛する妻と子供の為に! みたいな威厳と優しさを備えたものじゃないんですか?」


「どこからそんな知識を得たのでしゅか。まあいいでしゅ、うちは違うってだけでしゅ。あんまり深く入る必要はないでしゅ。関わらないためにも晩御飯はずらして食べるでしゅ」


 今一納得していない表情のトラにちょっときつめに釘を刺しておく。


「いいでしゅか、これはお前にどうこうできることじゃないのでしゅ。大人しく夜まで過ごす、いいでしゅね」


 ぜってえ納得していない顔をするトラ。なんでこいつはこういうとこだけ頑固なんだ? 恋愛とかには疎いくせに珠理亜のときといい家族のことになると変な執着心をみせやがる。


 廊下で言い合っても仕方ないと俺はトラの手を引き2階へ連れていこうとしたときだった。リビングのドアが開き父さんが戻ってくる。

 玄関に置いてある荷物に用事があったようで俺らを見るとそのまま通り過ぎようとする。


「あの、お父さん」


「あ? なんだ?」


「お父さんにとって家族ってなんなんですか?」


「はあ? どうした急に」


「お父さんを見てたら家族のことあんまり興味ないというか大切じゃないのかなって。そう感じるんです」


 トラの言葉に黙る父さんは騒がしい声が気になって来た母さんと目が合うとトラに対し少しイラッとした感情のこもった目で睨む。だが冷静に努めようとしているのか声のトーンを落として言葉を発する。


「取り合えずリビングに行って座って話さないか」


 その言葉にトラが頷き梅咲家はリビングへと向かうことになる。この流れに俺は涙目なわけである。


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 次回


『本当の気持ちなわけで』


 最近の父親像は大きく変化したと思います。変わらないものはないんだるなと。


 御意見、感想などありましたらお聞かせいただけると嬉しいです。











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