第46話 3人娘は元気なわけで

「マスター、ボクもっといろんなこと経験してみたい。勿論マスターを戻す方法も見つけます。だから我が儘だって分かってるけど少しだけ自由がほしいんです」


 ひなみと別れ一足先に家に帰っていた俺に後から帰ってきたトラが放った言葉だ。

 朝の俺なら怒っただろう。ふざけるなって。でも肯定する気持ちもにもなれない俺は一言だけ。


「少しの間だけなら良いでしゅ」


 俺の言葉にパアッと明るい顔になトラを見て少し複雑な気持ちの俺は早めに就寝する。ちょっとムスッとした顔してたかもしれない。着替えてベットへ向かう俺を見てさっきまで嬉しそうな顔をしていたトラが困ったような泣きそうな顔で俺を見てくる。

 その表情が少し気にさわる俺はなにも言わずに眠りにつく。


 ひなみに言われてトラのことを初めてまともに見た気がする。トラはあんなにも感情豊かだったのかと気付かせられる。

 おそらく自分の存在の意味を考え始めるのも時間の問題……でも解決策なんてないし、トラのコロコロ変わる表情を見て苛立つ俺は自分の心の狭さを感じてしまう。


 明日からの日々を考えて少し重い気分になりながらゆっくりと眠りに落ちていく。



 * * *



 むにむにと頬っぺたが突っつかれる。俺の左頬を突っつく手を握ると今度は反対の頬が突っつかれ始める。


「もーーなんでしゅか!」


 睡眠を邪魔された苛立ちから勢いよく飛び起きる。


「起きた! こはりゅ、おはよう」


 と彩葉が俺に抱きついてくる。


 ……え? 


 なんで彩葉がここに?


「こはりゅって寝坊するんだ。でも寝起きも可愛いねっ。あ、寝癖ついてる、直したげるから行こっ」


 思考が追い付かない俺は時計を見ると7時20分。体の中からふわぁーっとする感じで一気に覚醒する。登校時間が8時までで、歩いてかかる時間が約20分。

 準備する時間考えたらちょっとギリギリの時間。


「な、なんで、いりょはが」


「それは先輩を迎えに来たからに決まってるじゃん。そしたらさぁお母様はちょっと近所に出てくるからこはりゅを起こしてって頼まれたわけ。で先輩が言うにはこはりゅが怒ってるから気を付けてって言うわけよ」


 俺の質問に答えながら急ぎパジャマ姿の俺は彩葉に手を引かれ洗面所へ連れていかれる。

 手際よく俺の寝癖を直し髪を整えてくれる。そして母さんが用意していた服に着替えると髪のセットに入る。なんと手際の良いことか、サクサクこなしていく彩葉に感心してしまう。


「同じハーフアップでもこっちに引っ張ってね、サイドに寄せてクリップで留めれば──ほらっ」


 彩葉が俺の左肩に髪を寄せねじると大きめのクリップで留めてくれる。


「で、ネコさんいるんでしょ」


 右の前髪を少しよせネコさん髪留めが差し込まれる。洗面台の鏡に映る俺は、カットソー(アイボリー)・オールインワンサロペットスカート(ネイビー)・靴下(グレー)・スニーカー(白)であり、お急ぎのときでもなんだんかんだで可愛いのである。


「よし学校へ行こうか。ほらっ」


 なんかよく分からないまま俺は洗面所を出るとちょっと遠慮がちな表情のトラが俺を見ている。こいつこんな表情もするようになったんだ。いつも笑うか泣くかだったのに。成長したとでもいうのか改めて複雑な気持ちになる。


「ほらトラ先輩、早く行きますよ」


「う、うん」


 彩葉がトラの袖を引っ張り俺の手を引く。とらは歯切れの悪い返事をし俺は微妙な顔してたと思う。そこのなにか思うとこはあったのだと思う。彩葉が俺の手を引っ張り耳元で囁く。


「笑わなきゃ、嫌なことあっても。もっと辛くなるから……ねっ」


 いつもと違って悲しみを含んだ声にハッとして彩葉を見るがいつもの勝ち気な表情で笑っていた。


 ……まあ今考えても仕方ないか。溜め息を一つついてトラの足をポカリ♪ と叩く。


「トリャ学校行くでしゅよ」


 俺がそれだけ言うと「うんっ!」って嬉しそうについてくる。そのまま3人で玄関を出たわけなのだが。


「あっ」

「あ?」


 先頭の彩葉と玄関のインターフォンの前でウロウロしていた來実が同時に声を出す。


「な、なんで彩葉が虎雄の家から出てくるんだ」


「來実先輩こそよそ様の玄関で何をしているんですか?」


 あからさまに挙動不審になる來実の目はよく泳ぐ。そんな來実を見て彩葉は口に手をあてニンマリ笑う。


「ははぁ~ん、來実先輩さてはトラ先輩を誘うとしたけどインターフォンが押せない! 図星でしょ」


「ぐっ!」


 後退りする來実に追撃を緩めない彩葉はニヤニヤと笑いながら來実にせまる。


「噂じゃ結構ヤバい人だって聞いてましたけど意外に乙女じゃないですかぁ? でもぉ人の家の前でウロウロするのはやめてもらえますぅ」


「あぁっ? なんでお前の家みたいな言い方してんだ? 虎雄の家でお前は関係ないだろ」


「はぁっ? 虎雄? 慣れ慣れし過ぎです。ふん、私はお母様と仲も良いですしぃ、いつでも遊びに来て良い立場なんですよ」


 彩葉と來実が顔がぶつかりそうな距離でいがみ合う。そんな中トラの手を震える手でそっと引くのは珠理亜。自分で握っておきながら顔真っ赤にしている。角で拳をぐっと握りしめ応援しているメイドさんがいるのは気にしてはダメだ。


「と、虎雄さん……遅刻しますわ」


 絞り出す様な声でトラをちょんちょんと引っ張る。この間は來実とトラ引きずってたのに來実とか言い合いして勢いがないとこんものなのか? 難儀な性格である。


「おい、珠理亜! なに勝手に抜け駆けしようとしてるんだ!」


「卑怯ですよ! こっそりトラ先輩を連れ出そうとか」


「ひ、卑怯ではありませんわ! あなた方の無駄な争いから虎雄さんを連れ出そうとしただけですわ!」


「無駄ぁ?」

「あ、ちょっと今の言い方頭にきます!」


 今度は3人がいがみ合う。相変わらず角で応援しているメイドさんとおろおろするトラ。


 ──戻れるとか今考えて塞ぎ込んでもなんにもならないか……こいつら見ていたらバカらしく感じる。今だけを楽しんではいけないが今も楽しめない奴が未来を楽しめるわけがないかも……なっ──


3人しゃんにんともうるさいでしゅ!!」


 俺の声にみんなが注目する。


「遅刻しましゅ! トリャ! こはりゅをおんぶちて走るでしゅ!」


「え、あ、はい」


 屈むトラの背中に飛び乗ると3人娘に向かって言ってやる。


「お前たちがどんなにトリャに言い寄ってもこはりゅが許しゃないとトリャに近づくことは認めてあげないでしゅ!」


「はぁ!?」

「なんですって!?」

「こはりゅ! なにそれ聞いてない!」


 驚く3人娘に背を向けトラの頭をポカリと叩く。


「ほりゃ、走るでしゅよ! 楓凜との修行のしぇいか成果を見せてみやがれでしゅ!」


 俺に頭をポカポカ♪ 叩かれ慌てて走るトラを3人娘が追いかけ最速の登校が始まる。


 ────────────────────────────────────────


 次回


『ビックリ箱がやって来るわけで』


 寝坊したときの身体中がふわぁってなる感覚って分かりますか? 時計を見て時間が認識できなくて認識したとたん一瞬で覚醒して朝の準備を恐ろしい勢いで済ませてしまう。その力が毎日発揮出来れば良いのになって思います。


 御意見、感想などありましたら聞かせてもらえると嬉しいです。


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