第44話 ひなみは思慮深いわけで
ヨットハーバーに隣接したショッピングモールに到着したバスから降りてくるのはニコニコしたひなみとよろよろの俺である。
「なんでひなみの膝の上に座る必要があったんでしゅか……」
「ほら~だって席は摘めた方がみんな座れるからね」
「こはりゅ含めて4人ちか乗ってない
「心春ちゃん怒らない、怒らなーい」
手をパタパタしながら俺に落ち着けと言ってくるひなみ。そもそも俺が怒っているのはお前が原因だろうに。
頬を膨らませてると頬っぺたをプニプニと揉まれる。
「やめるでしゅぅぅ~」
「もー可愛いんだから。舞夏も家でさー心春ちゃん可愛いんだ! って熱く語るわけよ。あの子日頃空手の話しかしないんだけど心春ちゃんのことになると少女のみたいな顔で語るのよ」
なぬ? あの舞夏が? トラに厳しく俺には優しいけど話すっていったってそんな感じじゃないけどな。どっちかというと「乙女5ヶ条守ってる?」とか言ってくるイメージが強い。
「それだけ言われたら気になるわけよ。で、まさかの楓凛も心春ちゃんの知り合いっていうじゃない。もー会いたくてたまらなかったの。だから触るの」
「なにがだからでしゅ!
怒って膨らませる俺の頬っぺたを両手のひらで押し潰すひなみはとても楽しそうである。
「心春ちゃんって面白いよねー。その思考パターンといい発想、そして人に対する態度。どれをとってもアンドロイドっぽくないんだよねー」
ひなみの何気なく言う言葉にゾクッとする恐怖に似た感じを久々に味わう。頬を押し潰された顔のままひなみを見つめる。
「ねーそう言うとこ。普通のアンドロイドって疑問に思ったら聞くの。「今のはどういった意味でしょうか?」って。でも心春ちゃんは今、目で私を見て探った。コイツはなにを考えてなにが言いたいのかなーって。違う?」
もはや声も出ない。なんなんだこの人は。ふざけた人間かと思いきや恐ろしいまでの鋭さ。めちゃくちゃ怖い。
俺が黙ったまま見つめているとひなみはクスッと笑う。
「そんな顔しないでよー。私は心春ちゃんのこともっと知りたいだけ。そして製作者の虎雄くんのこともね」
ここでトラの名前が出てひなみの言葉を聞くのが怖くなる。
「舞夏は虎雄くんのこと女の子にだらしなくて最低だって言うんだけど、楓凛は優しくて素直な子だと言うわけ。全然違う2人の意見聞いて実際に見て出した私の結論……」
唾なんて呑み込めないけどゴクリと喉がなる感覚を感じてしまう。きっと目を丸くして間抜けな顔してるんだろう、そんな俺を見てひなみが笑ってる。
「続きは心春ちゃんが私に付き合ってくれたら教えちゃおう。どうする?」
悩む……が、ひなみの観察力と考察力はこの入れ替わってしまったことの打開策になるかもしれない。藁にもすがる俺はゆっくりと頷く。
「よ~し決定! いつまでもバス停にいても仕方ないから行こっ! 心春ちゃん」
ひなみが差し出す手を握りショッピングモールの方へ向かう。てっきり引きずられるかと思ったら俺が転けない様に優しくリードしてくれる。
少しホッとしてひなみについていく。
* * *
「いやぁぁ! なんでしゅこれ! いや、いやでしゅ!」
「まあ、まあ。ほらこれはどう? フリルが付いた方が可愛いかな? う~んビキニの方が良いかな」
ひなみが俺の前に持ってくる物、それは水着である。話の続きが聞きたければ付き合え、その内容が水着選びなわけである。
正直に言おう最近母さんから服を着せられることに抵抗が薄くなっている。むしろ俺可愛いんじゃねっ? とか思ってたりするわけだ。
だけど水着はないわ~。チラッと見るひなみが鼻歌混じりに手に取り選んでいる水着の数々。
そもそも今の俺はアンドロイドなのだ。いくら防水完璧とはいえ好んで水の中に入っていく奴はいない。それに心春ボディーは俺が拘ったお陰で継ぎ目が目立たないが一般的に服を着て見えない部分は継ぎ目があったりするので肌を露出するアンドロイドは少ないのだ。
水着を着るアンドロイドはほぼ存在しないといっていいだろう。
「店員さん、これは試着出来ます? あ、こっちも。ん~これは違う色あります?」
ひなみが店員さんと話をしながら着々と俺の水着が選ばれていく。その品々を見て恐怖する。水着を見る方は良いがまさか着る立場になるとは考えてもなかった。
「よーし心春ちゃんこれを試着してみようか」
ひなみが持つ水着たち……それを見て俺は後退りをする。
「こ、こはりゅ水着要らない。似合わないでしゅし、恥ずかしいでしゅ」
「も~謙遜しちゃってぇ~。心春ちゃん絶対似合うから。
それにもうすぐ高校は夏休みでしょ。お姉さんと海行こうよ。だから水着必要じゃん、私が見たいし」
そもそも謙遜していないし、海に行くとか今初めて聞いたし、俺に水着が必要な理由がひなみが見たいとか意味分からん。
ガシッと後ろから両肩を捕まれる。ギシギシと首を鳴らしながら振り返るとニタァ~としたひなみと目が合う。
涙目の俺は抱えられ試着室に連れ込まれる。
「ひぃぃ! じ、自分で脱げましゅ! ふ、ふわっ!? ど、どどどどこ触ってるでしゅ! や、やめろでしゅ~」
「心春ちゃん。お姉さんに身を委ねて良いのよ。痛くしないから肩の力抜いて。ねっ」
揺れる試着室の中で何が起きているかは教えることは出来ない。俺が墓場まで持っていく案件だからだ。
* * *
ひなみのお昼ご飯に付き合って向かいの席に座る俺は体全身で怒りを表す。
「ごめんってば、調子に乗りすぎたのは謝るから。ねぇ~心春ちゃん許してよ~」
「ふん! 嫌でしゅ!」
顔を背け頬を膨らましている俺に両手を合わせ許しを乞うひなみに俺最高の不満を表す。
「もー怒る心春ちゃんも可愛いなぁ~」
俺の頬を突っついてくるひなみに反省の色は無さそうだ。というか楽しんでやがるな。
「そういうロジックってどうやって組むんだろうねぇ。全く分かんないんだよねこれが。制作者の虎雄くんに聞けば解決なんだけど彼をみる限り聞いて解決するかっていったらそうでもなさそうだし」
またひなみが然り気無く言う一言に俺は怒りも忘れてひなみを見つめてしまう。
「恐怖……の表情かな? アンドロイドはあんまりしない表情だよねそれ。んー分かんないなぁ~」
腕を組んで悩み始めるひなみが次に何を言うか待つことしか出来ない俺はかくことない汗を手のひらに感じてしまうのだった。
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次回
『新たな可能性を考えるわけで』
時々書いてて思うんですよね。これラブコメだっけ? って。なのにすいません次回も会話が多くラブコメではないです。
もう少し話が進めば女の子4人と向き合えるようになる予定です。
御意見や感想などありましたら聞かせて頂けると嬉しいです。
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