第35話 トラは後輩を誘うわけで

 固まる彩葉におばあちゃんは続ける。


「妹と彩葉はそっくり、その妹と虎雄は仲が良い、なら彩葉と虎雄の相性もよかろう」


「なっ!! 私はこの人……そのさ」


「嫌いなんじゃろ? そりゃあ正反対じゃけんのぅ。だからこそ補えるもんもあるちゅうこと。絶対じゃないけどの」


「むぅぅぅぅ」


 両頬を膨らませ不満をあらわにする彩葉。今ままでトラの失言によって來実と珠理亜が犠牲になったけど。この親族から攻めてくるパターンは新しいぞ!

 いやそもそもなんでトラはこんなにモテるんだ? 外観は元俺のままだろ? 何が違うんだ???


「俺は彩葉さんと仲良くしたいな」


「へっ?」

「へっ?」


 再び俺と彩葉の台詞がシンクロする。本当に気が合うな。トラの発言に少し引き気味の彩葉。


「えっとほら、彩葉さんのこともっと知りたいし、俺のことも知って欲しいかなって」

【翻訳】

『えっとー彩葉さん私のこと嫌いですよね? いつも怒ってるし睨むし。だから私も彩葉さんのこと知って、彩葉さんが私のこと知れば少しは好きになってくれないかなぁって、うーんムリです?』


「はぁ? そうやって女の子騙していくんだ! 私さ、誰でもかれでもそうやって甘く囁く人嫌いなんですけど! そういう人って最後に絶対みんなを傷つけるんです!」


「ち、違う。騙したりしない。そのっお互いのこと知れれば良いかなって。あの嫌いになるとかいやだから……仲良くなって楽しく過ごしたいなって」

【翻訳】

『ごめんなさい、ごめんなさい。違うんです。えーとほらっ! 仲良くなりたいんですよ。だって嫌いって嫌われる方も嫌いになる方も嫌じゃないですかぁ。仲良くなって楽しく過ごしたほうが楽しいじゃないですかぁ』


 ふっふっふっふ、さしものトラも困っておるな。トラから発せられた純粋な言葉を良いように解釈して騙されてきた幼馴染みとお嬢様とこの彩葉は違うんだよ。

 気が合うからこそ分かる。お前が純粋に発した言葉もこの子にとっては繕った悪意ある言葉に聞こえるだろうよ。

 どれどれ、トラよ止めをさしてやろう。彩葉との関係はここで立ち切ってお金貰って帰るんだ!


「いりょは、聞いて欲しいでしゅ」


 俺が2人の間に割り込む。彩葉は興奮気味だが俺を見る目は優しい。トラは助かった! って顔でキラキラした視線を向けてくるがお前はお金を貰って帰る準備でもしておけ!


「トリャはバカでしゅから、思ったことをそのまま言いやがるのでしゅ。べちゅに別にいりょはがしゅき好きだーとか言ってる訳じゃないのでしゅよ」


 取り合えずトラの言葉を否定しておき、好きではないことを伝える。彩葉は完全に俺の方を見ていて話を聞いてくれている。


「いりょはが聞いてるうわしゃも元はトリャがバカみたいにあの2人に優ちくちたのが切っ掛けでしゅ。じちゅは実は困ってるでしゅ」


「それってさ、私と仲良くなりたいってのは嘘じゃないってこと?」


「ん? まあそうなるでしゅけど、しゅきじゃないんでしゅよ」


 彩葉がふ~んと言いながらトラを見る。


「私さ、こういう性格だからあまり友達いないんですよね。言いたいことはズバズバ言いたいし嫌いなものは嫌いなんです。そんな私と仲良くなるつもりです? 本当は女の子なら誰でもいいんでしょ?」


 彩葉が意地の悪い顔でトラを睨むがトラは嬉しそうに……笑っているだと!?


「うん! 彩葉さんと仲良くなりたい。女の子とか関係なくみんなと仲良くなりたい」


「はぁ~」


 毒を抜かれた様に大きなため息をつき項垂れる彩葉。


「なんか何を言っても通じないっていうか。意外に頑固というか無駄に純粋なんですね。なんか疲れます……」


「えっとじゃあ仲良くなってくれる?」


 若干言葉が戻ってるトラが嬉しそうに女の子みたいに両手を合わせモジモジして彩葉にキラキラした視線を送る。き、気持ち悪いぞ。


「あーもーなんなのこの人。こはりゅの言う通りバカじゃないですか」


「そ、そうでしゅ! バカなんでしゅ。言葉に惑わされてはいけないでしゅ!」


「うん! 俺がバカで人が傷付かず仲良く出来るならバカでいい! それで彩葉さんと仲良くなれるなら構わない」


「ぐっ!?」

「ぐっ!?」


 俺と彩葉がトラの眩しさに後ずさりする。ヤバイ、トラの後ろに後光のような光が差して俺らを照らす。俺や彩葉の様な闇の住人には辛いぞこの光は!?


「そうだ、彩葉さん。心春のこと好きなんだよね。いつでも遊びに来て! お母さんも良いって言ってるし」


「え、は、はい……」


 あの彩葉が押されてる!? なんか凄いぞトラ。


「ま、まあ私は心春と会えて、いつか一緒に暮らしてくれるように誘えるチャンスも増えるし、遠慮なく行くけど」


 そう言えばこの間会ったときそんなこと言ってたな。彩葉のところに来ないかって誘われていたな。


「うーん、心春を彩葉さんに連れていかれるわけにはいけないし……そうだ! 彩葉さんがうちに来れば良いんだ!」


 これ以上ない良いこと思い付いたって顔でトラがキラキラした笑顔を振り撒く。


「彩葉さんが家族になればずっと一緒にいられるよ!」


 俺と彩葉、絶句……おばあちゃんはいつのまにかお茶をすすってこの様子を楽しそうに見ている。


「こ、こはりゅ……これも裏表ない素直な言葉ってこと?」


「え、これはしょの~でしゅねぇ……」


 え~なんて言えば良いんだよこれ。「はい?」「いいえ?」あれか! 沈黙が正解ってやつ? 


 俺は口閉じる。トラは口開く。


「俺も彩葉さんと一緒にいれたら嬉しいよ! 心春とお母さんと一緒に家族みたいだし」


「ぬわわわああぁぁぁーーん!! もーやだぁぁぁ!!!!」


 はい、沈黙不正解でした! 


 トラが笑顔で放つ言葉に彩葉が涙を流しながら叫び店の奥に走って去っていく。彩葉が去っていった店の奥を見つめる俺と不思議そうに首を傾げるトラ。


「若いのぅ、良いもの見せてもらったわ。にしても虎雄、あんたは本当に純粋じゃの」


 佇む俺らをお茶を啜っていたおばあちゃんが湯飲みを置くとおもむろに立ち上がる。


「あんたほど純粋な子は中々おらんじゃろ。彩葉は……まあ、あの子から話すときがあれば聞いてやってくれ、そして仲良くしてくれると嬉しいがのぅ」


「はい、仲良くします!」


 トラが返事するのを見て嬉しそうに頷くおばあちゃん。


「いつでも来んさい。彩葉もマルもわしも歓迎するけんの。さてわしは彩葉を見てくるからまたの」


「はい、また来ます」


 笑顔で元気よくあいさつし俺の手を引きお店を出ていくトラ。


「マスター彩葉さんと仲良くなれそうです! 嬉しいです♪ あのときマスターが助けてくれたお陰です! ありがとうございました♪」


「ちげーでしゅうっ!?」


 トラが嬉しさ爆発でスキップをして俺を引っ張り始める。


「ちょちょっと、やめるでしゅ! 引っ張るな! こ、こける! あうっ!」


 帰ったら絶対に説教してやる! こいつはこのまま野放しにしてはいけない! 恋愛のなんたるかを教えてやる。この恋愛マスターがな!



 * * *



 彩葉はクッションに顔を埋め足をバタバタして畳を蹴る。


「彩葉」


 部屋に入ってきたおばあちゃんが声をかけると彩葉がビクッと肩を振るわせる。


「面白い子じゃったの」


「ただのバカじゃん」


 クッションに顔を埋めているためくぐもった声で答える。


「嘘がつけんのじゃろ。そういった意味ではバカじゃ。でも本人がそれで良いって言っておったろ」


「口ではなんとでも言えるし!」


「そうじゃな。だから彩葉、一回あの子を信じてみんか? 好きになれってわけじゃない、もっと踏み込んで人を知ってみたらどうかの? 上辺だけじゃのうて素直に自分を出せて受け入れてくれる人かもしれんじゃろ」


「……」


 答えない彩葉に声をかけずにおばあちゃんはそっと部屋を出ていく。

 しばらくして彩葉がクッションごとゴロンと仰向けになると左右にゴロゴロと転がる。


「ああぁぁっ!! もう!!」


 クッションを掴み投げ飛ばすとうつ伏せになり手足をバタバタさせる。


「なんなのあいつ! ムカつくーー!! 意味わかんないし!!」


 そのまま横になり足を抱え丸くなる。


「家族ってそんな簡単じゃないんだって……あーーもう!」


 彩葉は胸を押さえ激しく動く鼓動を必死に押さえようとする。


「少し……少しだけ信じる……出来るかな……」


 心の声が漏れた様な微かな呟きを残し、ぎゅっと目を瞑る彩葉はしばらくして寝息をたて始める。



 ────────────────────────────────────────


 次回


「説教でしゅ!」


 バカでもいい! と叫んでみたいものです。実際はバカなのに繕っちゃう自分にとってトラの発言は願望でもありますね。

 なかなか自分の欠点とは向き合えないものです。

 あ、たとえ向き合えても卑屈にはなりたくないですね。明るいバカになりたいですね。


 御意見、感想ありましたらお聞かせ下さい。 











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る