第27話 継続は力なりなわけで
ピピピピピピピッ!!
ベットで寝ていたトラが手を伸ばし目覚まし時計を止める。時計を手に取りボンヤリと眺めるとのっそりと立ち上がる。
「うー眠い……」
フラフラしながらジャージへと着替えると1階へ降りて洗面所で顔を洗い始める。
* * *
じゃぶじゃぶと水の流れる音で目を覚ました俺は母さんを起こさないようにそっと布団から這い出る。
チラッと時計を見ると午前5:00。
「道場に行ってからから1週間。よく続きましゅね」
トラの熱意に対して本当に感心しながら俺は母さんの寝室から廊下へ出ていく。
「トリャ、今日も走るのでしゅか?」
リビングにいたトラに声をかけると準備万端なトラが少し申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい、起こしてまいましたか。マスターはまだ寝ててください」
「ふっふっふ、今日はわたちも行きましゅよ」
「え、マスター足遅いじゃないですか」
「むきぃー! この間まで登校もまともに出来なかった
バカにしたように言うトラに俺はキレる。ちょっと前まで歩くと直ぐに疲れていた奴が今では毎朝5キロ位走ってから学校に行けるようになっているから進歩しているのは間違いない。
それに俺より足が速くなり運動が得意でない心春ボディーでは追い付けなくなっているのも事実だ。だがさっきの言い方は腹が立つ。
「ふーんだ! 足が
「あ~この間お母さんに買ってもらったやつですか」
胸を張る俺を微笑ましくトラが見てくる。
* * *
まずはお着替えなわけで俺はパジャマから上下黒をベースに胸元がピンク、ファスナーが青く縁取られたジャージに着替える。
白い靴下に白地にピンクの線が入ったランニングシューズを髪は後ろに束ねてゴムで括る。最近進歩したことで俺は自分の髪が簡単に結べるようになったのだ。
そんな頭に水色の自転車用ヘルメットを被り水色の手袋をはめる。おっとネコさんはジャージのポケットの中にいる。落ちないようにファスナーを閉める。
そして外へ出るとカーポートの下に停めてある空色の自転車に股がる。
この自転車スリムでお洒落な感じだが何気に高性能である。自転車なのでペダルで漕ぐのだがチェーンではなくシャフトドライブによる駆動である。
上り坂は内臓モーターによる電動アシスト。下り坂は後輪にあるギアーで速度を調整しつつブレーキをかけてくれる。
そのブレーキ中に発電し電気を回収するし普通に漕いでるときも発電して蓄電していく。
変速もチェーンはないのでギアーの切り替えで行うのである。更にだ、前後にあるセンサーによる物体感知システムにより緊急時用の自動ブレーキが付いているのである。
子供自転車だと侮るなかれだ!
母さんに買ってもらって昨日自転車屋さんが届けてくれた新品の自転車に股がる俺はテンション高めである。
「行くでしゅよトリャ!」
「うん」
* * *
川沿いの土手にあるランニングコースを決して速くはないがトラの走る後ろ姿を追って俺は自転車を漕ぐ。
こんな朝早くからサイクリングするというのは気持ちの良いものなんだな。なんか凄く健康的なことをしているように感じる。
何て言うか人間として中身が綺麗に洗われる感じだ。
「おはようございます」
「おはよう、今日も早いね。お! 今日は心春ちゃんも一緒かあ。可愛い自転車に乗ってるね」
「えっ? あ、おはようごじゃいましゅ」
絶賛、心が洗われている最中の俺に話しかけてくるのは楓凛さんなわけで……
「よーし、今日も公園まで走ってミット打って帰ろうか」
「はい!」
「心春ちゃんも気を付けてついてきてね」
「はいでしゅ」
と返事はしたものの前に並んで楽しそうにお喋りしながら走る2人を見て俺は言い様のない不安を感じる。
おそらくトラはこの1週間楓凛さんと一緒に走っていたわけだ。女子大生と一緒に走る高校生の男の子。一般的に羨ましいこの状況、これを1ヶ月前の俺には作り出すことが出来なかったのにトラはあっさり築きあげた。
ついでに16年間見向きもしなかった幼馴染みやクラスの学級委員長まで振り向かせやがった。
そんなトラに
冷静に考えたら俺はなんでテンション高く自転車の説明なんかしてるんだよ。髪の毛結べるようになりましたーとか言ってる場合じゃねえよ。
俺は自転車を必死で漕いで走る2人に追い付く。
「そうそう、学部の中にも色々な科があってね。私は環境・エネルギー工学科なんだけど、虎雄くんはロボット系に興味あるならロボット工学科なんてどうかな?」
「アドバイスありがとうございます。検討してみます」
「うんうん、私としては虎雄くんが来てくれたら嬉しいけどな」
なにやら勝手に俺の進路を決めてくれているようだ。確かに将来的に工学部進もうかなって考えてたけど勝手に決められるのは腹が立つ。
「おっと、公園にもうすぐで着くから休憩してかるーく打って帰ろうね」
俺が文句を言おうとする前に楓凛さんの発言でタイミングを失う。
公園に到着すると駐輪場に停めてあった原付に立ち寄り
「あれ?
「ん? 近いけど便利だから乗ってきてるんだ。
「流石です」
「流石でしゅ、じゃないでしゅ! うひゃ!?」
楓凛さんを誉めるトラを怒ろうとしたとき頬に冷たいものが当たりおもわず叫んでしまう。
「まあまあ、細かいことは気にせずに心春ちゃんジュースでも飲もうよ」
そう言ってジュースを差し出す楓凛さんはごまかす様に笑っている。
「むーーこはりゅは
「え!? ええええええええ!? うそっ! 本当に!?」
驚いた楓凛さんが俺をペタペタ触ってくる。
「はえ~心春ちゃん本当にアンドロイド? 全然分かんないだけど。見た目もそうだけど感情表現とかどっからどう見ても人間だよね。心春ちゃんをひなみが見たら大興奮しそう……」
「いたひでしゅー、
「まあそれもそっか」
楓凛さんにほっぺたを引っ張られる俺はようやく解放されるとトラの後ろへ避難して涙ながら抗議する。
「痛いでしゅ! いきなり摘まむとか酷いでしゅ!」
「ごめん、ごめん。って涙まで流すの!? ねえ虎雄くん。心春ちゃんはどこのアンドロイドなの?」
「えっと……」
俺がアンドロイドだと宣言した時点でこの流れは予想している。俺はトラを突っつく。
「作ったのは俺です。でも前に落雷があってデータは全部失くなったし、俺もちょっと記憶が曖昧になって……」
と完璧な言い訳を用意している俺とトラ。まあ完璧かどうかはさておき本当に分からないんだからこう言うしかないんだが。
「凄い!! 虎雄くん凄いよ是非とも私の大学においでよ! アンドロイド研究している先生とかいるからさ紹介するよ!」
「え、ええ」
楓凛さんが興奮してトラの肩をバシバシ叩いてトラは痛いのか腰が引けている。
「楓凛しゃん、早く終わらせないと学校に間に合わなくなるでしゅ」
「ああごめん、じゃあ虎雄くん早速いってみよう!」
俺が話を逸らすと楓凛さんはミットを手にはめ構える。
「さあ打ってきて!」
「はい! 何時でも何処でもですね!」
「ええ! ここでやるんでしゅか」
駐輪場でミットを構える楓凛さんにトラは当たり前の様に突きを打ち始める。
「いいよ! いいよ! じゃあ攻撃するから避けてよ!」
楓凛さんから放たれる蹴りにトラが倒れてしまう。倒れたトラに振り下ろされる踵をトラが転がりながら避けるが楓凛さんが投げたミットが顔面に直撃。
痛がるトラの腹部に楓凛さんの突きがきまる。
「踵を避けた後も相手をちゃんと見て! 飛び道具持ってるかもしれないじゃん。
それにもしかしたら他の敵も隠れてたりするかもしれないし。通行人が実は仲間でしたーとか駆けつけた警察が実は偽物だ! って可能性だってあるんだから油断したらダメだよ。
心春ちゃんを守るため強くならないと。そしてみんなを守るんでしょ! 世界も守ちゃいなよ!」
「は、はい! 俺は強くなって心春を、みんなを守ります!」
厳しめの口調で言う楓凛さんに痛そうにしながらもトラは返事をしている。
この2人は駐輪場で何をやってるの? 地面ゴロゴロ転がったりして土で汚れているしそもそもミットって投げる物なの?
後半何言ってるか意味分かんないし。この人たちこの1週間こんなことやってたの?
なんかいい汗かいたぁみたいな顔して2人が熱く言葉を交わしてるけどなんかおかしくない?
普通が何処にあるのか見失い混乱する俺。
このときそんな様子を影から見ている者がいるとは俺は気付きもしなかったのである。
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次回
『試練は色々なわけで』
自転車の自動ブレーキってアシスト程度を想定して書きましたが2輪で自動ブレーキって何気に危ない気が……ABSとかCBSも装着して、いざってときには補助輪が出てきてバランスを取るとか? 何年か前にホンダが自立するバイクのデモンストレーションの映像みた気がしますけどあんな感じなら……もはや自転車じゃない! とにかく心春は可愛いのです。
御意見、感想ありましたらお聞かせ下さい。
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