第26話 お姉さんは頼られたいわけで

「こっちがね冷蔵庫。基本お茶やスポーツドリンクが入ってるから練習中でも喉乾いたら飲んで良いし自分の飲み物持ってきても良いからね。それでねぇ、ふっふっふっ」


 道場の台所にトラを案内した楓凛が嬉しそうに冷蔵庫から取り出した物体を手のひらに乗せて掲げる。


「じゃじゃーん! プリンです! 練習後のプリンは格別に美味しいんだよ。今度から虎雄くんも持ってきた方が良いよ」


「分かりました」


 トラが素直に頷くのを見て楓凛が満面の笑みを浮かべる。


「でね、今日は虎雄くんが私の弟弟子になった記念として、なんとこのプリンをあげちゃいます!」


 背伸びして更に上に掲げたプリンはバランスを崩し手のひらから転げ床へ落ちていく。


 バキッ! グシャ!


 プラスチックの容器が割れ中身が飛び出しプリンが床に散る。


「あわわわわっ」


「ティッシュとかどこにあります?」


「わ、私が持って来る、っとお!?」


 トラに言われ慌てて立ち上がった楓凛がプリンの容器を踏み転びそうになるのをトラが支える。


「大丈夫です?」


「とっとー。うん、大丈夫、大丈夫。ごめんね」


「いえ、それより足は大丈夫です? 容器踏んでましたけど」


 楓凛はトラに手をかけたまま足の裏を確認するとホッとしたような顔をして罰が悪そうに笑う。


「大丈夫。足は怪我してないよ」


「じゃあ座って下さい。足の裏拭きますから」


「え、あ、うん」


 トラが台所の椅子に楓凛を座らせると足の裏を拭き始める。


「く、くすぐったいぃ、くぅ」


「あの、動くと拭けないです」


「ごめん、ごめん。だってくすぐったいんだもん。ねえ虎雄くんって、しっかりしてるよね」


 くすぐったさに身を悶えながら足をバタバタさせ楓凛の言葉にトラはうつ向いてしまう。


「いえ、俺はしっかりなんかしてません。俺のせいで心春を危険な目に合わせてしまったんです。俺自身もっと心身ともにもっと強くならないと」


「ふ~む」


 楓凛が腕を組みながら何やら考えるとトラをビシッと指差す。


「やっぱりしっかりしてると思うけどなあ。何があったかは知らないけど虎雄くんは自分に責任を感じてこの道場に来たってことだよね。その気持ちを持ったことは誇って良いと思うよ」


「そ、そうですか?」


「うん、間違いないね! 何せ私が言うんだから!」


 楓凛が自信を持って胸を張りその胸をドーンと叩く。

 その姿にトラは何故だか納得させられてしまう。


「虎雄くんにとって心春ちゃんは、大切な存在なんだね」


「はい、大切な存在です」


「おお凄い! 言い切っちゃう辺り虎雄くんは本当に凄いよ! 本物だね! よしよし、お姉さんが虎雄くんに稽古をつけてあげようじゃないか。掃除終わらせて外に出ようよ」


 2人でさっさと床を掃除して外に出ると楓凛はトラを四隅に柱と屋根だけの建物へ連れていく。

 建物の中にはサンドバッグや武術に関する道具が置いてある。


「なんだっけ? 東屋あずまやって言うんだっけこういう建物。昔はここでも練習してたらしいんだけど今はあんまり使ってないんだって。って虎雄くんの方が詳しいのかな?」


 トラは首を横に振る。


「……小さい頃来ただけでよく覚えていないから」


「そうなんだ。じゃあじゃあ私のが先輩だ! この古めかしい感じが好きなんだよねえ」


 楽しそうに話しながらごそごそと道具置き場を漁る楓凛がミットを両手の装着するとパンパンと叩く。


「さっき拳の握りかた習ったよね。かるーく打ってみよっか」


「はい」


 ミットを構えた楓凛にへっぴり腰な突きを放つトラ。べしべしとキレの悪い音が何回か響く。


「いいね、いいねなんかこういうの! よーし。うりゃ!」


 楓凛がトラの突きに合わせミットを振って攻撃するとドゴッ! と鈍い音が響きミットがトラの顔面にカウンターで入る。


「あぐ!!」


「あーーごめん! だ、大丈夫?」


「あ、はい大丈夫です……」


「ほんとごめん! ってあーー!」


「おぶっあ!?」


 鼻を押さえながらしゃがみこむトラに駆け寄る楓凛が段差に躓き空中に浮くとそのまま膝蹴りをトラの顔面に叩き込み派手に倒れてしまう。


「ごごごご、ごめん」


「い、いえ大丈夫です。本当に大丈夫ですから」


 何度も頭を下げる楓凛をトラが宥める。ただ顔面を押さえ下を向いたまま痛そうにするトラを楓凛がしょんぼりして頭を下げる。


「あぁ~本当にごめんね……」


「そんなに謝らなくても大丈夫です。結構楽しかったです」


「え、今ので楽しかった……のかな?」


「はい、だって修行ですから。寧ろもっと厳しいものだって聞いてましたから」


 トラが立ち上がると楓の手を取る。


「院瀬見さんは俺に合わせて楽しくやってくれているんですよね。俺、頑張ります」


「えっ!? あ、そうかな。そうそう、虎雄くん見込みあると思うんだ。私の弟弟子として合格かな」


 トラに手を握られたままの楓凛が目を反らしながら答えるのに対し真っ直ぐな視線を送るトラは嬉しそうにしている。


「そ、そうだ。私のことは楓凛さんと呼んでね。ほら姉弟子なわけだし。これからバシバシ鍛えるから」


「お願いします」


 胸を張って虚勢を張る楓凛を尊敬の眼差しでトラは見つめる。



 * * *



 じいちゃんを丸め込んだ小さな悪女と化した俺は、トラと楓凛さんを探し見つけたわけなのだ。

 が、目の前にはトラが楓凛さんの手を握り、目をキラキラさせているこの状況はいったいなんなのだ? 俺はこの修行、いや茶番を終わらせる為にここに来たのに、2人で盛り上がって空気がキラキラと清んでいる。


この感じ、嫌な予感しかしない。


「あ! 心春」


 理解の追い付かない俺に対しトラが爽やかに呼び掛けてくる。

 駆け寄ってくると俺の手をつかみ楓凛さんの元へ引っ張っていく。


「楓凛さんが姉弟子として、おじいちゃんの代わりに俺に修行をしてくれるんだって」


 嬉しそうに俺に報告するトラと楓凛さんは胸を張って任せなさい! みたいな顔をしている。

 初対面でのやり取り、第一印象だとこの人頼りになるのかな? ってのが正直な感想だけどちゃんとトラの修行できるの?

 ってまてよ!? トラ今「楓凛さんが修行してくれるんだ」って言わなかったか?


「トリャ、修行って道場に通うのでしゅか?」


「はい、頑張ります!」


 トラがキラキラ光る笑顔で俺を眩しく照らす。トラの真っ直ぐな目を直視出来ない俺の肩を楓凛さんがガシッと掴んでくる。


「心春ちゃん、虎雄くんは私が責任もって鍛えるから安心して。心春ちゃんを守れる強いお兄ちゃんにしてみせるから見守ってあげて」


「は、はい……でしゅ」


 これまた真っ直ぐな目で俺を見てきてそして自信満々に宣言する。そんな勢いに圧された俺はついつい返事をしてしまう。


「虎雄くん! 心春ちゃんを守れる強い男になろうね」


「はい、よろしくお願いします!」


 がっしりと握手するトラと楓凛さん。爽やかな2人を見て俺は何故トラはこうもめんどくさいことを起こしやがるのだと頭を抱えるのだった。



 ────────────────────────────────────────


 次回


『継続は力なりなわけで』


 お姉さんと修行とはけしからん! いや、やったことあるけど普通だよ。などの御意見、感想ありましたらお聞かせください。

 なるべくなら後者の意見を聞いてみたいです。





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