第5話  トラが初登校するわけで

「ごちそうさま」


 トラが合掌し食器をまとめると流しへと運んでいく。その姿を目を大きくして見る母さん。


「朝御飯、美味しかった。母さんありがとう」


「え、ええどういたしまして……」


 この世の終わりでも来るのではなかろうかといった表情で母さんがトラを見ている。そして俺を見るとニコニコ微笑みかけてくる。


「心春ちゃんに良いとこ見せたいのかしら。だとしても良いことね。やっぱり心春ちゃん天使! 本当に天使だわ!」


 母さんが俺を抱き締め頭を撫でてくる。力ある包容にもがきながら必死で母さんに今日の予定を伝える。


「か、お母しゃん。こはりゅは今日からシャポーターとしておにいたんについて行きましゅ」


「えーーお母さんと一緒に家にいようよ~。一緒にお料理とかした~い」


 自分の母親が甘えた声を出してくる……正直背中に寒いものがゾクゾク走って目眩がする。だがトラを1人で学校に行かせるのは不安過ぎる。その為に利用する近未来の制度それが『アンドロイド・サーポーター制度』だ。


 アンドロイドと謳っているが別に人型である必要はない。お掃除ロボみたいなヤツから動物型もいる。

 登下校中犯罪に巻き込まれないようにボディーガードとして来たり、単純にお世話係であったり場合によっては授業中先生のサポートをしたりするヤツもいる。


 まあ近未来のならではの制度である。ただ人型は一部のお金持ちしか連れてきておらず連れて来ても金属剥き出しのスターで戦争する映画に出てくるロボットのようなヤツだしどちらかと言うと動物型の方が多い。

 クラスに1人メイド型を連れているのがいたけどあれはお家柄特殊だしな。

 基本的に幼女型なんて誰もいない、おそらく全国探してもいないだろう。


 申請通るかな……


「おにいたんが心配なのでしゅ」


「む~」


 頬を膨らませ怒る母さん。いや本当にこの状況どうコメントしていいか分からん。実の母親が可愛く頬を膨らませ不満を表し顔を近付けてくるんだ。正直反応に困る。


 だがここで怯んでは計画が台無しだ。なにせトラには賢くなってもらい体を元に戻してもらうという大事な使命があるのだから。


「こはりゅ、お母しゃん大しゅき! 帰ったらお手伝い、いーぱいするでしゅ。だからダメでしゅか?」


 上目使いでモジモジしながらお願いしてみる。気持ち悪い、我ながら気持ち悪いが仕方ないやらねば殺られる! やけくそだ!


「もー心春ちゃん可愛いんだから♪ いいよバカなお兄ちゃんをよろしくね」


 おでこをツンとされ学校へ行く許可を得る。


「さーてそうと決まったらどの服を着ていきましょうか。う~んスカートは可愛いけどロリコンどもが興奮したら大変だしやっぱりサロペットスカートは優秀よね~」


 母さんが洋服を広げ俺の登校服を吟味している。女の子もいないのにどんだけ服持ってんだよ。

 しばらく着せ替え人形になる俺の服がようやく決まる。


 水色のカットソーのワンピースに決定です。1枚物だけど2枚着てるように見えるのだ。ロリコン対策? 大丈夫黒色のレギンスを履いて対策はバッチリさ。

 足元は白のスニーカーが準備されているらしい。しかしなんで足のサイズ知ってるんですかね?

 最後に小さなポシェットが肩にかけられる。


 母さんが満足そうに俺を見てうんうん頷いていると2階からトラが制服に着替えて降りてくる。


「おにいたん、靴下裏返しでしゅ。あ~襟もひっくり返ってましゅよ!」


「ああ、ごめん」


 俺がぴょんぴょんしながらトラの襟を直そうとしている姿を母さんがスマホで激写している。

 それにしてもなんで自分の時の服は気にならないのに第三者から見ると相手の服装の乱れって気になるんだろう。同じ体なのに不思議だ。


「歯磨きちゃんとしたでしゅか? ああ、歯みがき粉口の周りについてましゅ」


 俺はポシェットからウエットシートを取り出すとトラの口を拭く。再び母さんの激写が始まる。

 母さんの熱い視線に気付いていないふりをしてトラと玄関へ向かう。

 俺は用意された白のスニーカーに足を通す。ピッタリだ!? こえーよなんか。


 ようやく靴を履き終えたトラと生まれて2度目の外へ出る。俺も今の体で2度目の外出だが、お互い生まれて2回目で学校へ登校するとか難易度高過ぎだよな。


 そんなことを思いつつトラを先導して学校へ向かう。


「マスター……は、速い……。わたし疲れました」


「こりゃ! 喋り方に気を付けるでしゅ。そんなに体力ないものでしゅか?」


「なんか体を動かすって大変なんですよ~。動かし方は分かるんですけど、疲れが溜まるのはどうにかならないんですかあ? 昨日よりもうかなり歩いてますよね~。もうムリぃ~」


 目をうるうるさせてとトラが休憩しようと訴えかけてくる。そんなトラの手を引きながら途中小休憩を挟んで遅刻せずになんとか登校する。

 下駄箱の位置を教え教室の机まで案内する。


 我が教室2年1組いつもはなんとも思わないがこうして見るとでかいな。まあ、俺が小さくなったんだけどな。


 トラを座らせると机の横に俺は立つ。本当はアンドロイド用の椅子があるんだがまだ手続きをしていないので立つことになる。

 予定では母さんが学校へ電話をしてくれているはずだから先生に呼ばれたら俺とトラが手続きに向かえばいいわけだ。


 って、さっきから物凄い視線を感じる。トラは疲れて机に伏せているから気付いていないようだが俺ら……いや俺を見てみんなこそこそ話している。


 皆がざわざわする中、2人のクラスメイト長田愛子ながたあいこ右田佐織みぎたさおりの2人が近付いてきてトラに恐る恐る訪ねる。


「ねえ虎雄くんこの子は?」


 トラがうつ伏せだった体を起こすと一言。


「心春だ」


「こ、心春?」


 うん、俺の指示通りの答え方だけど簡潔過ぎて長田、右田コンビは困惑している。そもそも元の俺あんな話し方じゃないから余計に混乱を招いているようだ。

 だがしかしこういう時の為に俺は学校に来たわけでサポーターとしての責務を果たそうじゃないか。

 俺は長田、右田コンビの前にズイッと出ると深々とお辞儀をする。


「うめしゃき こはりゅ でしゅ。トリャのシャポーターをしゅるため今日から学校へ来りゅことになったのでしゅ」


 挨拶をして頭をあげると長田、右田コンビが手で口を押さえ、わなわなと震えている。

 あれ? なんか変なこと言ったっけ?


「なにこの子ーー!? めっちゃ可愛いんですけどーー!!」


「お名前、お名前! もう一回言ってくれない?」


「え、えっと、こはりゅ……はぶっ!?」


 名前を言ったとたん右田さんにタックルからの包容のコンボを受けてしまい息してないはずなのになんか空気が漏れてしまった。


 そのうち女子達が集まりキャーキャー言われながらモミクチャにされる。幼女姿でキャーキャー言われても嬉しくないしこの状況ただただ苦しいだけだったりする。


 ガラッと戸を開ける音がして先生が入ってくると一瞬で皆がサッと席につく。この迅速な対応には拍手を送りたくなる。


 因みに担任の名前は寺子屋健人てらごやけんと39歳、独身の男である。通称『テラ先』数学担当だ。


「梅咲、さっきお母さんからアンドロイド・サポーターの手続きをお願いしたいって連絡があったからな、放課後職員室にって……その子か?」


 話を途中で切って先生が俺を目を丸くして見てくる。ここはビシッと決めておこう。


「はじめまちて、しぇんしぇー。わたちは こはりゅ です。トリャのシャポーターをするアンドロイドでしゅ」


 俺の華麗な挨拶でクラスの男女と先生までもほわわっと頬を赤らめて俺を優しい瞳で見てくる。


「う、うむ。放課後だぞ忘れないようにな。おっと椅子がないかやぶ、奥の空き教室から椅子を1つ持ってきてくれ」


 テラ先が咳払いをして俺とトラに念を押し藪弘貴やぶひろきに椅子を持ってくるように指示を出した後、教室を見回す。


「なんだ芦刈はまだ来ていないのか……仕方ない奴だ」


 教室の1番後ろに1つけだけ空いている席を見てテラ先がため息をつく。その席こそ昨日出会った俺の幼馴染み芦刈あしかり 來実くるみの席である。

 あいつ2時間目とかにのそ~とやって来るんだよな。

 単位とか大丈夫なのか? 要らぬ心配をしているとなぜか俺を見て照れる藪が持ってきた椅子を受けとりお礼を言うとデレデレと恥ずかしがって帰っていく。

 

 うん、気持ち悪い。


 世の女性達の気持ちがちょっと分かった気がする。


 椅子に座り心春ボディーでの初授業が始まるのであった。



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 『アンドロイド・サポーター制度』ってザル制度で犯罪に利用されるんじゃない? そんな不安もありますが、これでトラと心春がようやく学校へ。



 次回


「クラスメイトにはお嬢様がいるわけで」


の前に


『出席簿』


 クラス名簿を公開しておきます。全員出てこないかも知れないけど、こんな人がいますよってことで。

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