言葉が届けと願う時

 彼女は歌うようにおしゃべりをする。笑い声は鳥がさえずるように上品で、クラスの他の女の子たちみたいに、大きく口を開けて下品に笑うことはない。歩く時も背筋が伸びていて、凛としている。こげ茶色の髪の毛はゆらゆらと曲線を描いていて、それが後頭部で結ばれている。歩くたびに揺れるそのポニーテールに、私はいつも見惚れてしまう。

 彼女は誰にでも分け隔てなく話しかける。クラスで浮くほど地味な私にも。

「それ、可愛いね」

私が持っている筆箱を見て、彼女が言った。それは彼女が私に語りかけた、初めての言葉。私は突然のことで頭が回らなくて、言葉にならないただの音を口から漏らした。

「私、そういうの好きなんだ」

音符が弾むように言葉を発する彼女。笑うと左側にだけえくぼができる。その時、とてもドキドキした。もしも私が男だったら、たぶん彼女に恋をしてしまっていた。それくらい、可愛いと思った。

 彼女の言葉はたくさんの人に届く。彼女が何か発言すれば、誰かしらがそれを拾い上げる。彼女が好きだと言うと「私も好き」と誰かが言うし、彼女が嫌いだと言うと「私も嫌い」と誰かが言う。それが波紋のように広がって、彼女の好きと嫌いが蔓延していく。だから彼女が私の筆箱を可愛いと言った時も、他の子も同じように可愛いと言った。それまで見向きもされていなかったのに。心の端っこに違和感を感じたけれど、それでもやっぱり嬉しかった。

 私は彼女のようになりたいと思う。だけど、なれないのは分かっている。だから胸のあたりが痛くなる。

「どうしたら、えみちゃんみたいになれるかな?」

私がそう聞くと、彼女は困ったような顔をした。

「私みたいになっても意味ないじゃない」

柔らかい曲線を描いた眉が垂れ下がり、悲哀に満ちた表情を見せる。

「なおちゃんにはなおちゃんの良いところがあるんだから、私みたいになっても意味ないよ」

胸がいつも以上に痛んだ。否定されたからだろうか。それとも同情されたからだろうか。良いところがあるという社交辞令のせいだろうか。

「どうしたの?」

驚いた顔で私に聞いた彼女の言葉で、自分が泣いているのに気付いた。声は出ないのに、目から雫がぼたぼたと溢れていた。私が何も言えないでいると、彼女がそっと抱きしめてくれた。頬っぺたと頬っぺたがくっつく。

「なおちゃん、私はなおちゃんのこと大好きよ。なおちゃんには良いところがいっぱいある」

静かな声で彼女は言った。耳に彼女の吐息を感じる。

「例えばどこ?」

私の声はかすれていた。

「静かに周りを見られるところ。それから、人の気持ちを優先できるところ。それから…」

困って何も言えなくなると思ったのに、彼女はすらすらと私の良いところをいくつか並べた。

「それにね」

そしてそう言うと、くっついていた頬っぺたを離して私の髪をすくいあげた。

「私は生まれつきこの髪の色とパーマだから、なおちゃんの黒くて長い髪が羨ましい」

彼女とまっすぐに向きあう。視線が重なる。彼女は微笑をたたえている。彼女には敵わないと思う。彼女が本当は悪い人間ならいいのに。そんなことを思う私の顔はきっと汚い。顔だけじゃなくて心も。

「涙、拭いて」

そう言って渡されたのは、白いレースのハンカチだった。

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