第四十四話 戦闘終えて

「昨日の午前九時頃、藤野市の藤野川河畔にある親水公園で十五名の遺体が発見された件で、県警は全ての遺体の身元が確認されたと発表しました。十五名の内十名は市内在住の人物で、以前から行方不明者として捜索願が出されていました。最も古いものは三ヶ月前、最新のものは一週間前に捜索願が出されていたということです。遺体の多くは腐敗が相当に進行しており、白骨化、ミイラ化しているものも見られました。県警は何者かが十五名を殺害した後、死体を保管していたものを遺棄したとみて、殺人罪及び死体遺棄罪の両面から調査を進めています……」

 テレビのニュースを聞きながら、亜紀はうつむいて納豆をかき混ぜていた。河畔の公園で死体が発見されたニュースは、案の定大きくニュースとして取り上げられていた。傍らの畳の上には新聞も置かれていたが、その一面にも大きく、「河原で十五名の遺体発見 殺害後に遺棄か」との見出しが躍っている。発見された人数を考えれば、その報道の大きさは頷けた。

「本当に物騒ねえ」母は眉を顰めてテレビの画面を眺めていた。「あんたたちも気を付けなさいよ、下校の最中とか。怪しい人には着いて行っちゃ駄目よ」

「いや、流石にそんな歳じゃないよ俺は」飯をかき込みながら祐樹はもごもごと答えた。「低学年じゃあるまいしさ。というかこの事件、大人もかなり殺されてるし、もう誘拐とかそういう次元じゃないんじゃないの」

「全くなあ、これは尋常じゃないよ」父親も呆れたように画面を見つめていた。「ここまでくると、複数人の仕業としか考えられんが。小学生から年寄りまで手にかけて、一体何が目的なんだろうな」

 亜紀は黙り込んでいた。自分はその犯人を知っている、と彼女は思った。あのあどけない幼女の姿、小首を傾げて浮べた笑顔、そして剣を構えて本気で自分を殺すつもりで飛び掛かってきた姿も、まだ脳裡にまざまざと焼き付いたままだった。

 食慾は湧かなかったが、ひとまず食卓に並べられただけのものは全て飲み込むようにして食べ、それから亜紀は鞄を持って学校へと向った。ともかく早穂に話をしよう、彼女にだけは私の胸に渦巻く、この遣る瀬ない気持を分かってほしい、歩きながら亜紀はそう思った。

 教室に入ると、早穂は奈緒や由依と話をしているところだった。しかし亜紀の姿を見ると手を振って近付いてきたので、二人は窓際の亜紀の席のところに坐って、他の者に聞かれることなく話をすることができた。騒がしい教室の片隅で、亜紀は一挙に吐き出すようにして、アサシンバグを倒したことを話した。河畔公園で見つかった複数の死体については、早穂もニュースを見て知っていた。

「あれって、やっぱりモンプエラの仕業だったんだ……」

 早穂は嫌悪感を隠せないといった様子で顔を顰めた。「それにしても、亜紀が無事でよかった。一人で倒せたなんて、本当に凄いと思うよ」

「でも、私……」と亜紀はうつむいて言った。芝生の上に散乱する腐乱死体の残像が、今も網膜に焼き付けられたかのように消え去らなかった。

「あれだけの人を、救うことができなかったから……」

「自分を責めることなんてないよ」早穂は亜紀の肩を叩いた。「警察にも誰にもできなかったことなんだしさ。それに亜紀は一人でモンプエラを倒して、これ以上殺される人が現れるのを防ぐことができたじゃん」

「それはそうだけど……」

「亜紀が戦いに行ってなかったら、今頃はまた新たな犠牲者が出てたよ」

 それでも亜紀が黙り込んでいるのを見て、早穂は話題を変えた。

「いつまでこんなことを続けていればいいんだろうね、亜紀も私もさ」早穂はふと暗い顔になった。「だってさ、一生、戦い続けるわけにはいかないでしょ?」

「殺人モンプエラたちが完全にいなくなれば……」

「全くだよね。あいつら、一体どこからやってくるんだろう……。本拠地的なところがあればさ、襲撃して根絶やしにしてやれる可能性があるんだけどね。まあ、私らにはそんな力はないわけだけど」

「本拠地、ね……」呟きかけて、亜紀は顔を上げた。「そういえば」

「何?」

「あのモンプエラが言ってたの。……研究所の人が、好きなだけ人間を殺していいと言ってた……って。それ以上は何も、聞き出すどころじゃなかったんだけど」

「研究所の、人……?」

 早穂は大きく目を見開いた。そして首を傾げ、何か考え込んでいる様子だったが、やがて顔を上げて言った。

「その研究所っていうのが、モンプエラと関わりがある……というか、作ったところ、っていうことかな」

「多分、そうだと思う。どうしてそこが、私たちを遺棄するに至ったのかはわからないけれど」

 亜紀はそう答えた。敵の口から出た、研究所という不気味な言葉。それが一体何を目的としてモンプエラというものに携わっているのか、まだ彼女たちには何もわからなかった。教室の喧騒の中で、二人は当惑しつつ互いに顔を見合せたのである。

 そのとき、由依と話をしていた奈緒が小走りに駆け寄ってくると、「おはよう、亜紀!」と叫んで、亜紀の両肩をぽんと叩いた。

「おはよう」と、何か救われた気持で亜紀は顔を上げた。「随分と朝から元気だね」

「彼女ね、ワールドミックスのライヴチケットが当ったからって、もう有頂天で」由依がバンドの名前を出して、呆れた様子で息をついてみせた。「心配ね、期末試験に差し支えないといいんだけれど……」

「げ、期末試験」と早穂が呻いた。

「大丈夫だって、テストよりは先だから!」奈緒はそう言い放つと、恍惚とした様子で両手を組んだ。「ああ本当、今から痺れちゃう! 慶介が復帰して初のライヴだもんなあ、ファンならもう待ち切れないって」

「この子絶対、試験勉強なんて手につかないよ」

 早穂にそう囁きかけられ、亜紀は若干の同意を含めて苦笑した。

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