08.「【回想するわね!】〜大英雄さまと『三匹の子ブタ』?〜」

 

  ◇



斯斯然然かくかくじかじか……と、こういうことでございます。……大英雄どの?」



 ……そして時は少し遡り、密会場所の洋館にて。

 そこには円卓ラウンドテーブルを囲んで座る、『大英雄』カタリナと三人の貴族の姿があった。


 ――外の視線を避けるかの如く、固く閉じられたカーテン。

 ――そして、室内を薄明かりに照らし出す、ランプの照明。


 そんな、まるで「いかにもここで内緒の密談をしますよ」と言わんばかりの雰囲気の中……当の『大英雄』はと言えば、気怠げにテーブルに頬杖をつきながら、ボーッとランプの陰影を眺めていたのだった。

 

 ――差出人不明の手紙。

 ――秘密の闇営業。

 ――破格の報酬。


 ……そう、例えるならば。

 蝶が甘い蜜に釣られるように――さしずめ私は、『お金』という甘い蜜に釣られてしまった哀れな蝶々……とでも言えばいいのかしら。


 テーブルの下で、子供のように足をバタバタさせながら――カタリナは目の前の三人の貴族を見つめる。


 ……確かこの三人、王宮のどこかで何回か見たことある気がするんだけど……。


 えーっと、誰だったっけ……? 名前が全然思い出せないわ。


 ――仕事! お金! ……と、喜び勇んで来てみたは良いものの……。

 さっきからずっと、この三人が延々と長話を続けているのよね。

 

 何だか凄く熱心に話してるけど、何を言ってるのかサッパリだわ。

 ホント、オジさんって話が長い……難しい言葉ばかりだし。


 ……きとくけんえき? って何?

 くーでたあ? ……食べ物かしら。



「……さっきから色々話してくれてるみたいだけど。何言ってるのかサッパリ分からないわ。もっと分かりやすく言ってくれない?」


「「「は……!?」」」


 ――口をあんぐりと開きながら、あぜんとした表情浮かべる三人のオジさん。

 ……私、何かおかしなことを言ったかしら?


 別に『変なこと』を言ったわけじゃないのに、この三人の、まるで「信じられない」と言った表情。

 これって、もしかして――


 『嗚呼、信じられない……あのカタリナ様と口がきけるなんて……!』って、そういうコトかしら――!?



 * * * * * *



 ……そんな、勝手にカタリナが目をキラキラと輝かせている一方で。

 三人はコソコソと部屋の隅に集まると、ヒソヒソ声で相談を始めたのだった。


「『神輿は軽いほうがいい』なんて言ったのは誰だ!? あれは軽いどころではない、生粋のアホではないか!」

「本当にあの『』の娘なのか? ワシの5歳の娘のほうがもう少し賢いぞ!」

「……しかし、ここまでアホだったとは想定外ですぞ!」

「どうにかして丸め込まなければ我々の計画が……!」

「くっ……だがこの場が我々にとって、千載一遇のチャンスであるのもまた事実……! どうにかして、この『ちんちくりん』にも理解できるような話をでっち上げられないか……!?」


 ――そして、それから。

 既に若干後悔し始めた三人の、唐突な作戦会議が始まるのだった……。



  ◇



「……えー、おほん!」


 短い話し合いを終えて、三人の貴族はカタリナの前に戻って来たのだった。


 ……とにかく話は纏まった。本当にこれで『纏まった』と言っていいのかは分からないが……とにかく、纏まったということにせざるを得まい。


 何しろこの三人、それぞれ名門貴族の出である。幼い頃から最高峰の英才エリート教育を受けてきた、エリート中のエリート、超秀才なのだ。


 そして、カタリナは……

 そんな彼らが初めて出会う、『認識の埒外の怪物』ッ――!


 最高峰の秀才エリートたちが可能な限り知能を落とし、必死に考えた内容である。


 ――もう、どうにでもなれっ……!


 内心そう思いながら、男は話し始めるのだった。 

 ……以下、その模様をダイジェストでお送りします。


 ……

 …………


(貴族A)「『大英雄』カタリナ様は古今東西で最強の勇者ですッ!」

(貴族B)「カタリナ様マジ最強!」

(貴族C)「カタリナ様、万歳!」

(貴族A)「しかし! カタリナ様より強いという『剣聖』なるものが現れたのです」

(貴族B)「カタリナ様マジピンチ!」

(貴族C)「カタリナ様マジヤバいっすよ!」

(貴族A)「もちろん『大英雄』さまが最強なので、この『剣聖』は偽者ッ!」

(貴族A)「しかしこのままだと、『大英雄』さまはこの『わるい剣聖』に功績を全て奪われてしまうでしょう……!」

(貴族B)「カタリナ様超ピンチ!」


 …………

 ……


 ハァ、ハァ……や、やり切った……。

 この10分の間に、IQが50は溶けた気がするぞ……!


 ……そんな、ある種の達成感を感じていた三人であったが――しかし急に、彼らの胸中に『恐ろしい不安』が生まれ始めるのだった。


 ――いや流石に『大英雄』サマでも、こんな茶番で騙すのは無茶では……?


 ……覆水盆に返らず。三人の脳裏に、古の格言が頭をよぎる。

 そして恐る恐る三人の貴族は、『大英雄』サマの方を固唾を飲んで見つめる。

 カタリナ様は俯きながら、プルプルと肩を震わせている。そして――


 ――バンッ! テーブルを叩く音が聞こえて来たのだった。


 マズい、怒らせてしまったか……!? 

 あのカタリナ様とは言え、これだけ小バカにしたら怒るのも当然だろう。

 ――そして、三人は『』を決めたのだが……。



「わ、わ、わ……私っ、このままだと王宮を追放されちゃうの――!?」



 * * * * * *



 ……それから。

 三人は『大英雄』サマに剣聖の所在を教えると、彼女を館から帰したのだった。

 ……一応、我々の目論見は成功した。『大英雄』を『剣聖』にぶつけることには成功した。だが……。


 ――はぁ……どっと疲れた……。

 貴族たちは、それぞれ思い思いに椅子に腰掛けると、大きなため息をつく。


 ――「王宮には『大英雄』の対応をする専門の部隊が存在する」とは聞いていたが……なるほど、こういう事だったのか……。

 

「…………」


 薄暗い室内で、無言が続く。

 そしてやがて一人が、ボソリと呟くのだった……。



「とにかく、何とか上手く行ったみたいだが……」



「やっぱり、アレを神輿にするのは厳しいんじゃないか……?」

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