インタールード〜アナザー・ワン〜

01.「『諸行無常は悪の理』――とある老暗殺者の末路」



 ――【シドアニア王国・某所】




 そこでは一台の馬車が、鬱蒼と生い茂った森の中を走っていた。


 ――ガトンゴトン。馬車の車体が揺れる。

 馬車の前方には、先行して走る一台の馬車。そして後方にも、間隔を空けてもう一台の馬車が追走している。

 二台の馬車に挟まれ――厳重な警備が施された上で、はフロリアの北方を休みなく進んでいた。


 その車体にはこの国の権力の象徴、『王立騎士団』の紋章が刻印されている。

 それは間違いなく、『罪人』の護送用の馬車で相違なかった。


 今朝方フロリアの町を出発したその馬車は、『とある罪人』を乗せて……北方にある極寒の監獄『コキュートス』へと向かっている途中だった。


 危険な罪人は、都市から遠く隔離されていなければならない。

 人々が安心して日々の生活を営めるように……特にそれが殺人を生業とする『暗殺者』なら尚更だった。



  ◇



 …………。

 そして、その薄暗い、馬車の荷台の中――。


 そこには『一人の男』が、厳重な拘束を受けた上で、無理矢理座らされていた。

 眼光鋭い、年老いた男である。彼こそがが護送中の暗殺者『サイ』だった。


「…………」


 見張り番として同乗している若い兵士に対し、災はギョロリと視線を向ける。


 ――若い新兵か。

 猿ぐつわを噛まされながら、その裏で災は、冷酷な笑みを浮かべる。


 ……ようやく運が向いてきた。


 しかし、それにしても……百錬を誇るこの儂が、何という失態だ。

 暗殺に失敗し、あまつさえその暗殺対象の一人に昏睡させられるとは。

 誤算だった。は完全に気配を消していた。

 何という迂闊! そのせいで背後を取られ、失神させられたのだから……。


 ……しかし幸運だったのは、騎士団に引き渡された事だ。

 それにより、生き残る為の『猶予』が生まれた。


 ――四肢全てが厳重に拘束され、身動き一つ取れないこの状況で。

 それでも災は、不敵に笑みを浮かべる。そして、無言で目を閉じ――


 



 ――ドゴン!


 馬車を襲う、恐ろしい衝撃――!

 そして激しい揺れと共に、馬車が減速していく。


「うわっ! 一体何が――!?」


 しかしそれが、若い兵士の最後の言葉になった。馬車の衝撃で体勢を崩したその男は、強かに頭を叩きつけ――やがて床に倒れると、動かなくなる。


 そして、馬車の動きが止まった。


 ……ようやくか。


 薄暗い馬車の荷台に、一筋の光が差し込む。

 開け放たれた荷台の扉から――黒い衣で顔を隠した男が二人、乗り込んで来た。


「…………」


 まず手始めに、その男は倒れて身動き一つしない若い新兵の首を掻き切る。

 人を殺すことに躊躇しない、流れるような慣れた手つきだった。

 ……当然だ。儂がそう教育したのだから。


 そしてもう一人の男が、縛られた災の前に立つと、乱暴に猿ぐつわを外す。

 これでようやく、新鮮な空気が吸える。だが……


「……我らのことを喋ってはいないな」


「当然だ。儂を誰だと思っておる! 扱いが悪い、もっと丁重に扱え! 儂はお前たちの『当主』なのだぞ!」


 憤慨した様子で、災は声を荒げる。

 しかし――ククククク……と、男は笑い始めるのだった。


「……何が可笑しい」


「貴方はもはや『当主』などではない。何故なら、この私が――『イレブンナイヴス』を吸収した、この『死灰のともがら』の新たなる当主なのだから」


 その瞬間――森一帯に、雷鳴の音が鳴り響いた。

 恐らく、近くで落雷があったのだろう。

 一瞬の閃光が、薄暗い馬車の中で、二人の表情を照らし出す。


 災を射抜く、二人の視線は……仮面の下で、残忍な笑みを浮かべていた。


「何だと!? 貴様ら……この儂を裏切るつもりか!?」


 そして災は理解する。この先自分を待ち受けている運命を……。

 そして、仕組まれた罠を……。


「まさか、貴様ら……最初からそのつもりだったのか!?」

「ククク……あの災ともあろうものが耄碌したものだ。自分が命を狙われているとも知らずにな……しかし、まさか暗殺対象ターゲットを仕留め損なうとは思わなかったぞ」

「だがこうやって『前当主』殿を始末出来るのだから、『渡に船』というもの」


 そして男はナイフを取り出す。それを見た災は、後ずさるのだった。


「『死灰のともがら』は、儂が作った組織だぞ! この儂が……!」

「貴様のような無能力の暗殺者など、時代遅れの遺物に過ぎない。こそが次代の当主に相応しい」


「……だが安心だ。我らのことを口外していないのなら、もはや貴様は用済みだ」


「や、止めろッ……この恩知らず共め……! ヒッ、死にたくない……!」




「――見苦しい。潔く死花を咲かせよ」



 ――ザシュッ。

 ナイフが一瞬のうちに振り下ろされると……勢いよく首筋から鮮血が噴き出す。



 『死灰のともがら』――


 それは若き頃の災が考え出した、『悪魔のような発想』が始まりだった。


 親を暗殺された子供は、路頭に迷い孤児となる。ならば――その孤児たちを攫い、暗殺者としてすれば、資源を『有効活用』出来るではないか。



 ――彼らは知る由もなかった。

 知らずのうちに、自らの復讐を終えていたことを……。


 稀代の暗殺者『災』。それはまさに諸行無常の最期だった……。

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