34.「共闘を終えて。無人の庭園にて、暗殺者と魔人メイドは対峙する。」

 ……そして、そんなフロリアの人々が、魔物撃退の報に湧き上がっていた頃。

 ――そこから少し離れた、フロリア市長邸の庭園では……。


 "暗殺者の少年"が、月明かりが照らす花園の中で、一人立ち尽くしていた。


 ――極度の緊張からの解放、そして、押し寄せる全身の疲労……。


「ハァ、ハァ……あの帝国の"転移能力者テレポーター"は、何処かへ行ったみたいだな……うぐっ、少し、無理をし過ぎたか……」


 そして僕は、この夜の出来事を振り返る。

 宿に現れた、暗殺者の襲撃から始まり――町を防衛する為、遊撃部隊として町中を走り続け。そして極めつけは、この庭園での、化け物じみたとの戦い……。


『トーヤ君、物凄く疲れてるみたいだね……大丈夫? 少し、横になった方がいいんじゃないかな……』


 ――僕の側でフワフワ浮かんでいる、可憐な天使の美少女、ギブリール。

 そんな彼女が心配そうに僕の様子を覗き込むと、声をかけて来たのだった。


(……ありがとう、ギブリール。でも、大丈夫……)


 念話で返事をすると、僕はギブリールに向けて、ニッコリと小さく微笑む。

 心配そうに見つめるギブリールだったが、どうやら安心してくれたらしい。


 そして……僕はゆっくりと、荒れた呼吸を整える。


 ――紙一重の戦いだった。少し違っていれば、向こうの命を獲れたかも知れないし、逆に、こちらの命を奪われていたかも知れない……そんな戦い、だった気がする。


 結局この戦いで、僕たちはアイツを仕留め切ることは出来なかった。

 けれど、アレの能力は、もはや……無事に退けただけでも十分、と考えるしかないだろう……。

 

 恐らく、魔物をコントロールしていたのはヤツだろう。そのヤツを町から追っ払えたのだから、魔物も、どうにかなっていれば良いのだけれど……。


「町の心配をしているのなら、その心配は不要です。……たった今、この町から魔物の反応が消えましたから。――良かったですね、『』?」


 そう言って僕に語りかけて来るのは、"魔人姿"のユリティアさんだった。

 

 そうか……良かった。これで町の人も、魔物に襲われる心配はないんだ。

 町の人は皆、いい人ばかりで。誰も傷つけさせたくはなかった。

 何より、リゼの為にも……。


「…………」


 ……しかし、それにしても。

 僕は改めて、ユリティアさんの魔人姿をマジマジと見つめる。


 ……妖艶な美しさ、と言えば良いのだろうか。


 ――悪魔を思わせる、額から生えた二本の角。

 ――そして、背中から生えた漆黒の翼。


 明らかに、人間ではない。けれど……何故か僕には、彼女がそれ程遠い存在であるとは、どうしても思えなかった。


『……気をつけて、トーヤ君っ……! ユリティアさんは、『魔人』……! 『魔人は人を食べちゃう』って聞いた事があるから……!』


 僕の隣で、ギブリールが警戒心を露わにする。

 けれども僕は、そんなギブリールを制するのだった。

 ……大丈夫、ユリティアさんは、そんな危険な存在じゃない。


「あのユリティアさんに『勇者』と認めて貰えるなんて、光栄だな……。それで、傷の方は大丈夫ですか? ユリティアさん」


 彼女が魔人だからと言って、僕はユリティアさんと敵対するつもりは無かった。

 むしろ、その逆。僕はゆっくりとユリティアさんに近寄る。しかし――


 ――シュキン!

 僕の胸元に、漆黒の剣が突き付けられたのだった。


 ――やっぱり、そうだ……。そして僕は反射的に、両手を上げる。


「……貴方と馴れ合うつもりはありません。これから貴方には、私の問いに答えて頂きます。……虚偽の返答は死を招くということをお忘れなき様」


 ユリティアさんは、最後の部分を強調すると、僕に向かってそう通告する。


「……まず初めに。貴方はどうして、ここに来たのですか?」

「それは……ユリティアさん、あなたを、助ける為です」


 そして僕は一つ一つ、正直に事情を説明していくのだった。


 ――スィーファさんが、一人で宿を抜け出すユリティアさんを止めなかったのを、凄く後悔していたこと。

 ――スィーファさんが、ユリティアさんのことを凄く心配していたこと。

 ――そしてそんなスィーファさんが、『一生のお願い』で、僕にユリティアさんを助けてくれと頼み込んだこと。


「……本当に、それだけですか?」


 ユリティアさんが、僕に疑うような視線を向ける。

 ……流石だな、ユリティアさんは。こんなに早く、そこに気づくなんて。


 ユリティアさんの疑いは、もっともだ。

 なぜなら僕の答えは、『スィーファさんが』助けて欲しいと思った理由であって、『僕自身が』助けに来る理由には、なっていないのだから……。


「あはは、ユリティアさんには敵わないな……。正直、最初はユリティアさんの事を疑ってたんです。この魔物騒ぎに、何か関わっているんじゃないかって。実際、怪しい動きもしてましたし……」


「……けど、


 ――


 現に、僕たちのことを殺そうと思えば、いつでも殺せた訳ですしね」


 ……そして僕は、真っ直ぐにユリティアさんを見つめる。

 今言ったことは、全て僕の偽らざる気持ちだった。


 ――それが、僕の出した結論だった。

 何よりも、今僕に突きつけられているこの剣こそが、その証拠に他ならない。

 殺気が、一切感じられないのだ。最初から殺す気なんて、どこにも無く――ただ脅す為だけの演技。


 ……だからユリティアさんは、怖くなんかない。例え姿形が僕たちと、少し違っていたとしても……。


 そしてそんな僕の言葉に、ユリティアさんは少し戸惑っている様子だった。


「私のことを信頼している、ですか……。随分とお人好しなのですね。――最後に、そんなお人好しに免じて、一つだけ貴方の方から質問することを許します」


 ユリティアさんはまるで僕のことを試すかのように、ジッと僕の顔を見つめる。

 けれど……僕は笑って言う。


「質問、ですか……。おかしいな、質問なら既にしているはずなんですけどね。――『傷の方は大丈夫ですか』って」


 そう言っておどける僕に、ユリティアさんはどこか拍子抜けした様子で。


 ……もはや脅しが用をなさないことを悟ったのだろう。既にユリティアさんは、僕に突きつけていた剣を下ろしていた。


「……本当に、そんな質問で良いのですか? 他に聞くべきことは沢山あるでしょうに。例えば……魔王様のこととか……」


 魔王の情報……!

 確かに、聞きたい。魔王がどこにいるのか。魔王はどんな人なのか。けど……。


「…………。何か事情があるんでしょう? 誰だって、事情はありますから。――だから、僕は自分の手で見つけます。僕からは無理には聞きません」


 僕はユリティアさんを見据えて、静かに答える。

 敢えて僕は、『聞かない・・・・』ことを選んだ。


 今ここで聞いた所で、ユリティアさんが正直に答えてくれるとは限らない。

 確かに、女神さまから与えられた僕の使命は、『魔王を守ること』だ。

 けれど、そのことを信じて貰えるかどうかは話は別。


 信頼がなければ……言葉は、意味を持たないのだ。そのことを僕は、痛いほど良く知っている。


「あと一つだけ……ユリティアさんに、言いたいことがありますっ……。これからは、こういう無茶はしないでくださいっ! 特に、一人で敵陣に突っ込むような真似なんて……。……また僕が、勝手に助けに来ますから。だから……」


 僕がそう言いかけた所で……フラリ、と足元が揺らぐ。

 しまった、すっかり忘れていた――……。

 そして意識が、遠のいていく……。





 そして前のめりに倒れる、トーヤの身体。


 ――バサリ。


「…………」


 ……しかしそんなトーヤの身体を、ユリティアが受け止めていた。

 これ以上ない程に無防備な、グッタリとした身体を、トーヤは『魔人』であるユリティアの前に晒している。


 それはまるで……『ユリティアさんのことを信頼している』という言葉が嘘ではないことを証明しているかのように、ユリティアの眼には映った。


「……全く、仕方のない方ですね。言うだけ言って、気絶してしまうだなんて」


 ユリティア自身、今の自分の感情に戸惑っていた。


 ……最初は他の人間と同じ、取るに足らない存在だと思っていた。ただ"剣聖"に付いてきた、取るに足らないオマケ程度の存在なのだと。

 なのに――

 ……今自分はこの人間に、『好意』を感じつつある。



「……今だけは認めてあげます。貴方が"本当の"勇者だということを……」



 ――そして『魔人』ユリティアは、小さな声で、優しく呟くのだった……。

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